52.長く生きるという事は…
「そろそろ、それを何処かに置かないか?」
アイオン神が指すのは、俺が持っている闇の魔力が閉じ込められている魔石。
その表情は、本当に嫌そうだ。
嫌がらせをするつもりは無いので、持っていた魔石を元の場所に戻す。
それだけでホッとした表情をする、アイオン神。
棚に置いただけなんだが……。
「そんなにやばいものなのか?」
確かに力は強かった。
暴走もちょっとしたが、今は魔石にしっかり閉じ込められている。
だから、アイオン神がそこまで警戒する理由がわからない。
「この世界にあっては駄目なものだ。普通は形をとどめていられない。いや、作れるはずがないんだ」
「だから、再現だって」
「そう言えば、さっきから再現だと言っているが何から再現したんだ?」
「森に在った、魔界の雫の中にあった力を思い出したんだ」
「それって再現ではなく、作ったが正解ではないか?」
ん?
「いや、思い出してそれを真似たんだから、再現だろう」
「そうか。再現か」
えっ、違う?
なぜか2人で首を傾げてしまう。
と言うか、そこは重要なんだろうか?
「ちょっと引っかかったんだが……。今更、どう作ったかなど話しても意味は無いか」
うん。
そう思う。
「確認なんだが、ケルベロスにこのまま与えても問題ないよな?」
これの許可だけちゃんと取っておかないとな。
闇の魔力だとアイオン神が認めたんだし、どんどん与えていきたい。
俺の言葉に、ちょっと考えるアイオン神。
駄目なのか?
「問題ないだろう。既に与えているんだし。神々には報告して、早急に魔界に連絡とるように圧力をかけるよ。時の神にも連絡を取って、協力を仰ぐ」
何だかいい方向へ動きそうだな。
「はぁ、私が忘れたせいなんだよな。しっかり記憶を整理しておかないと……毎日、毎日面倒くさいんだよな。この記憶の整理って。……ん?」
アイオン神が、パッと俺を見る。
「どうしたんだ?」
俺の質問に答える事なく、じっと凝視してくるアイオン神。
その真剣な表情にちょっと怖くなる。
いったい何なんだ!
「記憶の中のもので再現したと言ったな」
なんだ?
またその話にもどるのか?
それに、再現がどうしたんだ?
「あぁ、そうだ。森で回収した魔界の雫の1つから出てきた、毒々しい黒い光を元にして再現した。それがどうしたんだ?」
俺の言葉に、表情が引きつったアイオン神。
「ありえないんだよ! それが! だから、気になったんだ」
ありえない?
再現が出来るはずないという事なのか?
「それが出来てしまったという事は、こちら側にいるという事になる」
出来てしまった?
つまり……どういう事?
さっぱり何を言っているのか、分からない!
それに、こちら側って……どこ?
「すまない。ちゃんと理解出来ていなかった。翔は人ではないと私が言ったのに」
人ではない事と、今の話がどうつながるんだ?
人でなかったから再現できたのか?
「記憶に何か異常は無いか?」
記憶に異常?
そう言えば、思い出せない事があったな。
なんだったかな?
……えっ?
思い出せなかった事が何かも思い出せない?
それはやばいだろう。
あっ、これがアイオン神の訊きたい事か?
と言うか、再現の話はどうしたんだ?
後で、繋がるのか?
「えっと、忘れっぽくなっているみたいだ」
アイオン神が、慌てていることと何か関係があるのか?
「やっぱり」
やっぱり?
「えっと、悪い。分かるように簡単に説明してくれ」
もう、何が何だがさっぱりだ。
「そうだな。簡単に言えば、神々のルールに翔が組み込まれたんだ」
……なるほど。
簡単に説明され過ぎたな。
「その神々のルールと言うのが、どのようなものなのか教えてくれ」
まずはそれを知らない事には、分からない。
「神々のルールと言うのは、長い時の中で自然と出来上がってきたものだ。いつの間にか、それが神となった瞬間から適用されるようになった。そのルールから逃れる事は出来ないと言われている」
長い時の中で出来たルール?
神が活動しやすいように、何かをしたって事か?
「そのルールの中で一番重要なのが、記憶の整理なんだ」
そう言えば、さっき記憶の整理は面倒くさいとか言っていたな。
「記憶の整理とはそのままの意味だ。1日が終るたびに、今日の出来事を必要なものと不必要なものとで分ける作業だ」
面倒くさそうな作業だな。
と言うか、1日の記憶をいるものと、いらないもので分けるって……。
「それは必要な事なのか?」
「あぁ、我々神々は元は永遠を生きていた。今は寿命ができたが、それでも他の者たちより遥に長い時を生きる。そのため、生きている間に溜まる記憶の量は膨大だ。それを放置しておくと、必要な時に必要な記憶が思い出せないという事が起きる。また、神とはいえ覚える量には限界がある。限界を超えると必要な事も、必要ないと判断して忘れてしまうらしい。それを防ぐために、記憶の整理が必要なのだ。膨大な量の記憶を少しでも減らすために、必要が無いと判断された記憶を消す。そして必要な記憶にはキーワードをつけて、同じキーワードか同じ年代の場所に置く」
置く?
記憶は、触れられるものではないのに置くという表現で合っているのか?
「そして問題が起きた場合は、キーワードで探す。こうしておけば、すぐに必要な記憶が引き出せるだろう?」
「そうなんだ……」
えっと分かった事は、長く生きると記憶が膨大になっていずれ限界がくるという事だな。
で、そうならないために神々のルールが適用されて記憶の整理が必要だと。
それで、整理したものを何処かに置くと。
ここがわからない。
「あのさ、記憶を置くと言ったがどこに置くんだ?」
「記憶の棚だ。……そうか、その説明が必要なのか……」
アイオン神が、戸惑った様子を見せる。
「そうだよな。我々とは別の存在なんだから」
ん?
「通常は、見習いの時に勉強することなんだ。長い時間を生きられるようになった時には、既に知っている事なんだ。だから知っているものとして話してしまった」
俺がこうなったのは完全に予想外だもんな。
俺が悪いわけではないと思うが、混乱させてしまって申し訳ない。
「とりあえず、置く場所だが、記憶の部屋と言うものを作って、そこに年代ごとに棚を作る。そして、そこに必要な記憶だけを置いていくんだ」
記憶の部屋を作る?
棚も作ってそこに置いていく。
「その記憶の部屋と言うのは、頭の中に作るのか?」
「いや、それでは意味がない。どんなに整理をしても必要の無い記憶を消したとしても、膨大な記憶が残っている状態だ。いずれ限界がくる」
それはそうだな。
ん?
という事は、どこかに本当に記憶の部屋を作るのか?
え?
そこに記憶を置く?
「だから記憶の部屋と言うのは、自分だけが入れる異空間の中に作るんだ」
異空間って何?
俺は、そういう話に疎いんだって。
えっと、異空間……異質な空間?
分からん。
異世界と何となく似ているな。
異世界は元の世界とは異なる世界。
となると、異空間とは今いる空間とは異なる空間?
自分だけのと言ったな。
つまり俺だけが入れる異なる空間に、記憶の部屋を作るのか。
言葉にはしてみたが、全く理解出来ない。
「悪い、もう少し分かりやすく」
「難しく考える必要はない。新しい力を使って魔法で、自分だけが入れる世界を作ればいいんだ」
それなら分かる。
イメージさえすれば作れるな。
「すぐに作ろう」
アイオン神の言葉に、驚いて彼女を見る。
「既に、記憶が消された可能性がある。神々のルールが勝手をしないようにコントロールするためにも、すぐに取り掛かった方がいい」
そうだな。
大切な記憶まで勝手に消されたら困る。
「どれくらいの世界を作ればいいんだ?」
「最初は、そうだな……何か真似る方が作りやすいと思うが」
記憶の部屋は、俺のこれからの記憶を入れていくんだよな。
それを考えると、大きい建物をイメージした方がいいのか?
「記憶の部屋は後で追加できるのか?」
「自分が作った異空間の中では、出来ない事は一切ない」
出来ない事が無い。
それはすごいな。
という事は、後で記憶の部屋は足せるんだな。
なら、無理して大きな建物をイメージしないほうがいいな。
馴染みがあってイメージしやすい、そしてそれなりの大きさ……学校をイメージするのはどうだろう。
「なぁ、学校を真似るのはどう思う?」
「学校? あぁ、いいと思う」
良しっ。
とりあえず、やってみるか。
あれっ?
再現の話はどこにいったんだ?




