47.音?
「おはよう」
皆に挨拶をしながらリビングに入ると、ケルベロスの卵があるベビーベッドに龍達が集まっているのが見えた。
小さくなっているが、5匹も集まると迫力あるな。
部屋の中には、神妙な表情のコアたちもいる。
それに首を傾げながら、龍達に近付く。
「主、おはよう」
飛びトカゲが挨拶をしながら横を空けてくれるので、飛びトカゲとふわふわの間に入り込む。
ちょっと窮屈だな。
「何かあったのか?」
ベビーベッドを覗きこむが、特に変化は見られない。
魔石を見ると、まだ闇の魔力は供給されているようだ。
少し離れた場所にある棚を見る。
そこには残りの魔石を置いてある。
「まだ、最初の1個目なのか?」
棚の上には3つの魔石。
「あぁ。まだ問題なく力を供給している」
飛びトカゲの言葉に、ベビーベッドの上の魔石を見る。
供給がゆっくりなのか、魔石の中の闇の魔力が膨大なのか、どっちだろう?
復元した時に、そんな事を考える余裕は無かったな。
「それで、どうして皆はここに集まっているんだ?」
龍達の顔を順番に見る。
「えっ? 卵から音がしたから、様子を見に来たんだけど……」
ふわふわの言葉に、卵に視線を向ける。
音?
耳を澄ませるが、何も聞こえない。
「聞こえないけど」
「今は鳴っていないが、家中に鳴り響いていただろう?」
飛びトカゲの言葉に首を傾げる
家中に鳴り響いていた?
えっと……知らない。
「聞こえなかったけど……」
「「「「「えっ?」」」」」
俺の言葉に驚いた視線が5つ。
えっ、そんなに大きな音がしているのだろうか?
「悪い。本当に聞こえなかった」
「そうか。なぜだろうな。クウヒたちも聞こえたんだが」
クウヒたちも聞こえるのか。
クウヒ達を探すと、食事をするいつもの場所に座ってこちらを見ていた。
「おはよう、クウヒ、ウサ。2人にも聞こえたのか?」
俺の言葉にクウヒとウサが同時に頷く。
俺も聞きたいな。
「どんな音なんだ?」
「高いキーンって感じだったよ。ねっ」
ウサがクウヒに視線を向けると、クウヒも頷く。
高いキーン?
「コアや親玉さんは聞こえたのか?」
リビングにいるコアと、ウッドデッキからリビングに顔を出している親玉さんに声を掛ける。
2匹も聞こえたのか、俺を不思議そうに見て頷く。
聞こえるのか。
もしかして聞こえないのは俺だけ?
「聞こえなかったのは?」
俺がリビングを見回しながら訊く。
が、全員が聞こえているのか、誰も反応しない。
マジか。
なんで俺だけ聞こえなかったんだ?
「その音を聞いて、何か違和感はあるのか?」
リビングを見回す。
「少し不安な気持ちになるな」
コアが、表情を少し歪める。
不安な気持ち?
「ちょっと嫌な感じ」
ウサの耳が少しねてしまっている。
他の者たちも、似たような印象を受けたみたいだ。
ケルベロスの卵からの音。
魔界の門番らしいから、魔界関係の音なのかな?
これは、アイオン神に確かめた方がいいな。
「分かった。体に異変を感じたら早めに教えて欲しい」
俺の言葉に、皆が頷いてくれる。
今のところは嫌な感じだけだが、これからどうなるか分からないからな。
「おはよう。調子はどうだ?」
卵の中を覗き込む。
3匹とも目を開けて、こちらの様子を窺っているのが見えた。
卵にそっと触れると、じんわり温かさが伝わってくる。
いつもと……、
「あれ?」
何だろう。
何かが違うような……手から微かに違和感を覚える。
ん?
卵をじっと見る。
卵に変化は無い。
でも、何だろう……手から感じるモノが違う。
「大きくなってるのか?」
見た目はほとんど変わらないが、手で触れた時の感じが少し違う。
「大きく?」
コアが、俺の右肩の上から顔を出して卵を見る。
「あぁ、手に触れた感じに違和感があったんだ。おそらくほんの少し大きくなっているみたいだ」
いい事なんだろうか?
あれ?
卵って成長したっけ?
……まぁ、魔界の卵だからな。
卵に触れている指に、少しだけ力を入れる。
硬い殻の感触が伝わる。
硬い殻があるのに、どうやって成長したんだ?
……考えても無駄だな。
この世界では卵も成長する。
そういう事だろう。
龍達を見ても、卵の成長に驚いていないしな。
うん、そういう世界だ。
「生まれるかな?」
卵の成長より生まれる事の方が重要だ。
「どうかな? 伝わってくる力は昨日より強くはなっているが、ケルベロスの卵を目にするのも初めてだから、予想がつかない」
飛びトカゲの言葉に龍達が頷く。
生きてきた世界が違うから、分からなくても仕方ない。
「そろそろ、アイオン神を呼ぶか」
聞きたい事も色々あるしな。
ロープに伝言を飛ばすようにお願いしようかな。
「呼ぶのか?」
「あぁ。ケルベロスの卵について気付いているのか確かめたい。あと、闇の魔力の注意事項や皆が聞いた音についても、何か知っているかもしれないからな」
「そうか。それならば仕方ない」
飛びトカゲがちょっと嫌そうな表情をする。
それに苦笑が浮かぶ。
「たしかに、仕方ないな。あれの知識は役に立つ」
「『あれ』って言ったら駄目だぞ。上位神なんだから」
ふわふわの言葉に、一応注意を入れる。
まぁ、効果は期待できないが。
「あれで上位神なんだよな」
水色が、ふっと鼻で笑う。
いやだから。
「『あれ』呼びは駄目だって」
そうだ。
アイオン神がきたら、ケルベロスが生まれた後の事も相談しよう。
あれ?
他にも何か聞きたい事があったような気がするな。
何だったかな?
……なんだかここ最近、思い出せない事が増えた気がする。
闇の魔力を再現する時も、新しい力を作った時の事をまったく思い出せなかった。
それほど昔の事じゃないし、さらっと忘れられるほどの小さな事でもないにも拘わらず。
もしかして、忘れっぽくなっているのか?
「主、どうした?」
「いや、なんでもない。いつ頃アイオン神に来てもらおうかと思ってな」
この世界の崩壊の事もあるのに、俺の事で心配を掛けるのも悪いからな。
……そうだよ。
俺は、世界の崩壊の話を皆にしたんだよな?
リビングを見回す。
いつも通りに、食事をしたり寛いだり。
庭に視線を向けると、朝から元気に特訓に励んでいる姿もある。
「普通過ぎないか?」
ずっと、少し違和感を覚えていた。
それが何なのかようやく分かった。
あまりにも、皆が普段通りだからだ。
いや、悲愴感の中で過ごしてほしいなんて思っていないから、これでいいんだが。
それにしたって……。
「主、用意が終わりました」
一つ目の言葉に、机を見ると綺麗に朝食が並んでいる。
「ありがとう」
美味しそう。
クウヒとウサが、ソワソワしている。
お腹が空いているのだろう。
「食べようか」
後で考えよう。
とりあえず、アイオン神に伝言を送ってもらようにロープにお願いすることだけは忘れないようにしよう。
あっ、ロープにも声を掛けておくか。
すぐに来られない可能性があるからな。
魔石をイメージして、「ロープ、ロープ」と心で声を掛ける。
……やはりすぐには返事は来ないな。
まぁ、名前を呼んでおけばいつか気付いてくれるだろう。
「主、食べないの?」
ウサの言葉に視線を向けると、不思議そうに首を傾げている。
ロープに声を掛けていたんだが、まわりからはパンを持ってぼーっとしているように見えたようだ。
「ロープに声を掛けていたんだよ」
「そっか」
笑顔を見せるウサの頭を撫でて、パンをかじる。
やっぱり、子供たちだけでも何かあった時のために、アイオン神にお願いしておこうかな。
本人の意思に反するんだが……難しいな。




