42.特別調査部隊マロフェ隊長4
―エンペラス国 特別調査部隊隊長 マロフェ視点―
混ぜ物に襲われた村の瓦礫処理が終了したので、森の中での混ぜ物の調査に移行した。
森に入ってすぐに森の王と森の神に遭遇するという奇跡を体験し、興奮のあまりその日と翌日は全く仕事にならなかった。
何とか隊員たちを落ち着かせ、調査を開始。
すぐに混ぜ物が見つかるとは思っていなかったが、予想に反してすぐに混ぜ物は見つかった。
生態系を調べ、根絶する方法を模索しながら討伐をしているが、少し予定外の事が起きてしまった。
想像以上に混ぜ物が繁殖をしていた事だ。
討伐しても、討伐しても数が減っている様子がない。
「隊長、失礼します」
ピッシェ副隊長の声に、書類から視線をあげる。
「どうぞ」
テントに入ってきたピッシェ副隊長は、少し疲れた表情をしていた。
その表情から、結果が思わしくなかった事が伺える。
「お疲れ様。どうだった?」
「やはり昨日見た魔物も混ぜ物だと確認が取れました。それと、子供の姿も確認できました」
やはりあれも混ぜ物だったか。
しかも子供まで。
通常、魔物の繁殖は年1回。
魔物によっては数年に1回というものもいる。
だが、混ぜ物の繁殖は今確認できているだけで3回。
このペースで増え続けたら、森の均衡が崩れてしまう。
「明日、討伐をする。皆に連絡を頼む」
「分かりました」
「ありがとう。今日はそれが終ったらゆっくり休憩してくれ」
テントから出ていくピッシェ副隊長を見送ると、机に突っ伏す。
疲れた。
……帰りたい……。
誰かに思いっきり愚痴りたい。
でも、……はぁ。
隊長が弱いと、隊全体の士気が下がるからな。
まだ、我慢だ。
でも……。
「失礼します」
体を一気に起こして、乱れた髪を手櫛で直す。
「どうぞ」
テントに補佐のアバルが入ってくる。
「お疲れ様、どうだった?」
「やはりいました」
「そうか」
森に長くいると、体調を崩しやすくなる。
特に人間は、獣人に比べて森への適応能力が低い。
普段なら問題ないぐらいでも、森ではそれが命取りになる。
少しの変調でも申告するように言っているが、この隊の隊員たちは頑張ってしまう者が多いのかなかなか言わない。
そのため、定期的にアバルに隊員たちの様子を見てもらっていたが、正解だったな。
「何名だった?」
体調を崩す者が多くなるなら、森から出る事も考えなくてはいけない。
「3名です。医者に見せたところ全員が疲れからくる体調不良だろうと。3日ほどゆっくりするように言ってあります」
3名か。
連日の討伐で疲れたのだろうな。
だが、思ったより少なかったな。
「分かった。ありがとう。彼らには無理をしないように言っておいてくれ」
「あの……」
「なんだ?」
アバルを見ると、深刻な表情をしている事に気付く。
なぜ、そんな表情をしている?
「……」
……無言は止めてくれ!
そんなに言いにくい事なのか?
えっと、今日は朝から討伐をして、しっかり仕留めたぞ?
だから、討伐の事ではないよな?
そうなると、他の事か?
討伐が終った後はお昼の休憩をとって、隊員たちの様子を見たが連日の討伐で疲れが見えたから午後からは休憩をとったぐらいだよな。
休憩の事を相談しなかったことに、怒っているとか?
いや、アバルはそんな事で怒るような性格ではないと思うが。
駄目だ、何も思いつかない。
「数名の隊員が、隊長に謝罪をしたいと言っています。どうしますか?」
隊員が俺に謝罪?
なぜ?
何かされた記憶はないが……気付いていないだけか?
いやいや、たぶん気付くはずだ。
という事は、些細な事で謝罪をしたいのかもしれないな。
「気にする必要はないと、言っておいてくれ」
小さな事でいちいち謝罪は要らない。
アバルを見ると、眉間に皺を寄せている。
あれ?
今の返答は駄目だったか?
「まだ、許せませんか?」
許せない?
えっ、本当になんの話だ?
「俺は別に怒っていない。だから謝罪も必要ない」
というか、俺が怒り続けるような事なんて、この隊が結成されてから起こっていない。
アバルを見ると、唖然と俺を見ている。
……何か間違ったかな?
「あの、隊員たちとの顔合わせの時に、態度の悪い者が数名いましたが……」
最初の挨拶の時に睨んでいた彼らの事か?
睨むぐらいで実害が無かったから、相手にしなかった。
それに、あれぐらいの行動は予想していたからな、特に気も留めなかった。
「そうだな。だが、それ以降は何もないから問題視することもないだろう」
俺の返答に少し戸惑った表情を見せるアバル。
問題視した方がよかったのだろうか?
だが、ただ睨んだだけだ。
俺たち獣人の騎士にとって、睨まれるのは日常茶飯事だ。
今でも、俺たち獣人を気に入らないと思っている人間は騎士の中にもいる。
そんな彼らから日々睨まれている。
いちいち相手をするほど暇ではないし、無視するのが一番だ。
「混ぜ物の討伐では、一部の隊員が勝手な行動をとった事もありましたよね?」
確かにいたな。
俺の命令を無視した奴らが。
だが実害があったのは彼らの方だ。
混ぜ物の攻撃を避けられずに、怪我を負ったからな。
あの時は、かなり焦った。
とっさに投げた石が、混ぜ物に直撃したおかげで攻撃がそれて、隊員の怪我は軽傷で済んだが。
あれは、本当に運が良かった。
「その行動の結果は、彼らが自らかぶったからそれでいいだろう」
それに彼らのお陰で、命令を無視すると森の中では危険だと他の隊員は理解できた。
実際にあの後から、命令には全て従ってくれているからな。
それに、ピッシェ副隊長が命令違反の罰として直々に特訓をしたと聞いた。
それでもう十分だ。
獣人の命令を聞きたくないと思っている者がいるのは、仕方ない。
「分かりました。彼らには怒っていないため、謝罪は必要ないと言っておきます」
「悪いな」
謝罪か。
正直、馴染みが無い。
最近になって、体の一部分がぶつかった時に謝られた事はあったが、どう対応したらいいのか分からなかった。
「今までの影響か」
「ん? どうした?」
アバルの声が聞こえたが、俺の耳でも聞き取れなかった。
「いえ、なんでもないです」
「そうか。明日も討伐があるから、今日の仕事が終わっていたらゆっくり休憩をとってくれ」
「分かりました」
アバルがテントから出ていくのを見送ると、腕を上に伸ばす。
午後からずっと書類仕事をしていたので、肩が凝ってるな。
「終わるか」
簡易テーブルの上の書類を片付けていく。
「謝罪か」
ガジーにも、「隊員から嫌な事をされたら、騎士のルールに沿って罰を与える事」と言われている。
それが必要なのだとも聞いた。
だが、奴隷時代に比べたら睨みも、無視も、攻撃も可愛いモノだ。
あってないようなモノは、特に嫌だと感じる事もない。
あえて言うなら、どうでもいい事に分類されるだろう。
今の俺に、どうでもいい事に割く時間は無い。
だからなかった事にしたんだが、アバルの様子を見る限り駄目だったのかもしれないな。
これからは罰が必要なら、与えないとな。
「……誰かに、丸投げ出来ないかな?」
ピッシェ副隊長かアバルかラーシに。
あっ、駄目だ。
罰は与えるなら、俺が直接言うようにとガジーが言っていた。
彼は、こうなる事を見越していたのか?
それにしても、隊長職というのは面倒くさい事が増えるな。
「明日の討伐で憂さ晴らしするか」




