41.急に?
「あそこだよ~」
子蜘蛛の1匹が指す方向を見る。
洞窟の前に子供たちの姿がある。
だが、悪の王、バッチュの姿が無い。
悪役は誰がやっているのかと周りを見回す。
「あっはっはっは。どうだここまでは来られないだろう」
「あっ……いた」
洞窟の上に、両手を左右に広げている一つ目を見つけた。
その姿にちょっと驚く。
一つ目は黒い服に黒いマントを着ていた。
確かに、それの方が悪役っぽく見える。
「悪役が増えてる」
一つ目の左右には3匹ずつ子アリ達の姿があり、お揃いの黒い布を首に巻いている。
可愛いな。
「あれ? 一つ目の手に持っているのって、まさかメガホンか?」
いや、確かに洞窟前と洞窟の上だとちょっと距離があるけど……。
そこは拘らないのか?
メガホンを使う悪の王の姿は、正直笑える。
怖さ半減って感じだな。
そうだ。
のんびり見ていては駄目だった。
「一つ目も太陽たちも声をもう少し抑えてくれ。森に響いている」
湖からこの洞窟まで結構な距離があるのに、声が届いていた。
どうやってあれほど離れている場所に、響いてきたのか分からないが急に聞こえたらびっくりする。
そう言えば、獣人達は耳がいいんだったな。
森にも入ってきているし、急にあの声が聞こえたら怖いだろうな。
まだ森の中心部分には足を踏み入れていないから、聞こえていないとは思うが。
後でちょっと見回るか。
「主、大丈夫だ。周りにも聞こえるように風を使って広げただけだから」
待て、何が大丈夫なんだ?
風の力まで借りて森に声を響かせた理由は何だ?
「なんでそんな事をしたんだ?」
「私の存在を――」
「主! 悪の王、バッチュがなかなか倒れてくれない」
一つ目バッチュの声を遮って、風太が悔しそうに口を尖らせる。
太陽と雷と翼も悔しそうに、何度も頷く。
だがそれを、俺に言われても困る。
洞窟の上を見る。
「バッチュ、ヒーローごっこはお終い。降りておいで」
あの一つ目の名前は、バッチュでいいのか?
「……仕方ない。ヒーローの親玉が来たので、今日の所はこの辺りで引いてあげます」
いや、勝手にヒーローの親玉に配役しないでくれ。
そもそも、ヒーローに親玉っておかしくないか。
「主、ヒーローの親玉なの?」
太陽が瞳をキラキラさせて訊いてくる。
それに慌てて首を横に振る。
「違うから!」
「あっはっはっは」
まだやってる。
「いいから早く降りておいで! ついでに風の魔法で声を広げない!」
あれ?
風の力を借りているなら、あのメガホンは何のために持っているんだ?
「あのメガホンって」
「悪の王バッチュの武器だよ!」
翼が元気に答えてくれるが、その言葉にちょっと驚く。
メガホンが武器って。
いや、剣を振り回されても困るから、それでいいのか。
危なくない武器を選んでくれたという事なのかもしれないが、他にもっとなかったか?
「主、どうしたの?」
「いや、なんでもない。あれ?」
普通に話しているな。
噛んでない。
「湖の広場にいた俺にも声が届いたんだが……」
俺の言葉に頬を染めて恥ずかしそうにする子供たち。
もしかして恥ずかしかったから噛んだのか?
「皆にヒーローの存在を知ってもらおうって悪の王バッチュが急に言いだして、声を広げるから……緊張しちゃった……へへっ」
翼の言葉に、他の子達も恥ずかしそうに頷く。
可愛すぎる。
「そっか。おっ、太陽たちもヒーローの衣装なんだな」
子供たちを見ると、色は違うがお揃いのズボンを履いている事に気付いた。
太陽が赤色のズボン。
風太が青色のズボン。
雷が黄色のズボン。
翼が緑色のズボンか。
戦隊モノでよく見かける色だよな。
確か、俺が見ていた時の紅一点は桃色だった。
なんか懐かしいな。
「桃色は誰なんだ?」
「桃色は桜だよ。橙色が月で深紅が紅葉!」
5人じゃなかった。
全員でヒーロー役をしているのか。
「そうか。桜たちは何処にいるんだ?」
周りを見ても、何処にもいない。
「洞窟内で捕まっているよ」
捕まっている?
「じゃ、急いで助けに行こうか」
洞窟内か。
暗いから、怖がっているかもしれない。
「大丈夫だ」
後ろからの声に振り向くと、シュリが3人を乗せて洞窟から出てきた。
桜も月も紅葉も俺を見ると嬉しそうに手を振る。
それにほっとする。
「ありがとう。洞窟の奥にいたのか? 怖がってなかったか?」
「この洞窟はそれほど広くないから大丈夫だ。ただ、手首を縛られていた」
「バッチュ、ちょっとおいで」
「何?」
一つ目バッチュが、不思議そうに俺を見る。
本当に分かっていないのか?
「本当に縛ったら駄目だよ」
「ん~、本格的に」
「駄目!」
俺をじっと見て、頷く。
本気だと分かってくれたようだ。
それにしても……メガホンが気になる。
いや、気にしないほうがいい。
「森の案内や魔物の確認などは終わったのか?」
コアやチャイは何処にいるんだろう?
確かコアが案内していると言っていたはずだが。
「行ってきたよ! 森の境界近くは、人や獣人がいるから行かないようにって。危ないんだって」
元気に答える雷の頭を撫でる。
危ないとはどういう事だろう?
「シュリ。彼らが子供たちを見つけたら、何かしてくる可能性があるのか?」
そんな危険な人物が森に入ってきているのか?
「いや、そうではない。子供たちはまだ加減が上手くないから、遊びの攻撃でも威力が強い。それに巻き込まれて人や獣人が怪我でもしたら、子供たちが気にするかもしれない。だから近づかないように言ったんだ」
あぁ、加減か。
大切だよな加減って。
そうか、危ないのが人や獣人の方か……なるほど。
「分かった」
「魔物も見たよ! 毒があるのは気を付けないと駄目なんだって」
風太が俺の腕にぶら下がる。
「そうだな。毒は怖いから気を付けないと」
これは素直に受け取っていいのか?
「うん。だから毒のある魔物を振り回しては駄目だって。振り回すと、周りに被害が出るんだって」
……魔物を振り回しているのか?
そんな事、初めて聞いたが。
「シュリ。子供たちの強さは、どれぐらいなんだろう?」
話を聞く限り、結構な力を持っている様子だ。
ちょっと訊くのが怖い。
が、保護者だからな把握しておかないと。
「混ぜ物の中でもかなり特殊なもの以外は、問題なく狩れるはずだ」
混ぜ物は、確か見た目と能力が異なる魔物だ。
その魔物でも特殊な能力を持っていなかったら、勝つという事か?
それって強いのか?
分かるような、分からないような。
俺の様子を見たシュリが、少し考える。
「我が子が5匹で襲い掛かっても、子供達なら簡単に跳ねのけるだろう」
えっ?
子アリが、かなり威力の強い攻撃を繰り出しているのを見たぞ?
その子アリ5匹を簡単に跳ねのける?
「急に強くなってないか?」
一月前の特訓では、そこまで強さは感じなかった。
それなのに……。
「すごい成長なのだ」
シュリの上空に飛びトカゲが来る。
「すごい成長? 強くなるスピードが速いのか?」
「そうだ。ここ数週間であっという間に力をつけた」
飛びトカゲの言葉にシュリが頷く。
その2匹には微かに戸惑いがある。
本当に急に強くなったのかもしれない。
「そうか。ありがとう」
急成長か。
子供達は、俺のように勇者召喚の被害者だ。
元々は大人だが、様々な事が重なって子供の姿となり、記憶が消えた。
アイオン神は、俺のように新しい力を作り出すかもしれないと言っていたな。
他にも似たところがあったとしたら?
例えば、身体能力。
この世界に来て、俺の身体能力は異常なほど上がった。
子供達も同じなら……でも、急に強くなるのはおかしいよな。
「太陽、風太、雷、翼」
「「「「なに~」」」」
「どこか体がおかしいなって感じた事ないか? 体の中でもいいぞ」
俺の言葉に首を傾げる子供たち。
ごめん、説明が下手で。
でも、どうやって説明をすればいいのか分からない。
「あっ! 守らなきゃって誰かが言った!」
守らなきゃ?
翼を見ると、頷く。
「誰が言ったのか分かるか?」
それには首を横に振る翼。
「疲れた~」
太陽の言葉に、他の子達も頷く。
朝から森を見て回って、遊んで、それは疲れるだろう。
話は今でなくてもいい。
「帰って、おやつでも食べようか?」
俺の言葉に太陽たちがわっと盛り上がる。
「私たちもいい?」
シュリの上で桜たちが心配そうに訊く。
「当たり前だろ。皆でおやつにしよう」
俺の言葉に嬉しそうに笑う桜たち。
それにしても「守らなきゃ」か。
いったい何からだろう?




