37.卵が孵らない!
「地震が起きない。いい事なんだが……」
湖で地震に遭遇してから、4日。
あの日から地震は起こらない。
いや、地震がない事はいい事なんだ。
だが、地震がないとヒビができない。
ヒビが無いと核の周辺の呪いを解くことができない。
あの後調べたが、ヒビはあの場所だけだった。
修復も上手くいったのか、呪いの掛かった魔力が溢れてくる事も無かった。
成功して嬉しいが、浄化が出来ない。
複雑だ。
「いっその事、俺がヒビを作ったらどうだ?」
魔法で壁にびしっと……いや、やめておこう。
間違ってヒビではなく、壁に穴でもあけたら大変だ。
もちろん注意はするが、何処で失敗するか分からないからな。
それにしても、待つと来ないものだな。
リビングに入り、ベビーベッドが置いてある場所へ行く。
天使たちは子供たちと部屋を同じにしたため、ここにあるのは卵が鎮座しているベビーベッドのみ。
「まだ、生まれる兆候は無いのか?」
ベビーベッドの傍で横たわっている飛びトカゲに訊く。
「あぁ。力も満ちている様子だから、いつ生まれてもおかしくないんだが生まれる様子を見せない」
ベビーベッドには、黒い卵。
飛びトカゲ曰く、ケルベロスの子供で間違いないそうだ。
俺には卵の中が透けて見えるが、俺以外には見えないらしい。
新しい力が関係しているような気がするが、本当にそうなのかは不明。
それにしても、卵の中を覗きこむ。
「どうした?」
卵の中ではこちらを見ているケルベロスの顔が3つ。
俺が近づくと、それぞれ違う態度を見せる。
「1匹は友好的だと思うんだ。なのに、後の2匹にはどうも警戒されているみたいでさ」
体は1匹分だが、頭は3匹分。
同じような思考回路をしているんだろうなと思っていたが、様子を見る限り違うようだ。
1匹は手を振ったら、反応してくれる。
が、あと2匹の表情を見ると怖がられている気がする。
何にもしていないのに……。
それにしても、何だろう。
最初の頃に感じた印象と今ではちょっと違うんだよな。
最初に見た時は、あまりの表情に驚いたもんな。
小さいのにすごい威嚇顔で面白……いや、怖かったと言ってあげるべきかな。
「お前たちは、いつ生まれるんだ? 待ってるから早く出て来いよ~」
ケルベロスの様子から、俺の姿も声も届いているようだ。
だが俺からは、姿は見ることが出来るのに声が聞こえない。
声が聞こえれば話ができ、なぜ孵らないのか分かるのに。
「あっ、友好的な子が怒ってる。また他の2匹が何かやったな」
「本当に不思議なものだな」
飛びトカゲの言葉に視線を向ける。
何が不思議なんだ?
「ケルベロスの顔は恐ろしいものだ。まだ子供だが、かなり独特の顔だろう?」
そうだったかな?
卵の中から、こちらを見ているケルベロスの顔を見る。
まぁ、確かに口が裂けているようにデカいし牙もデカいから、恐ろしく見えるよな。
でも、ん~。
「何か変わったんだよな」
じっと卵の中の3匹の顔を見る。
最初の頃に比べると、なんとなく表情は柔らかくなっている気がする。
俺の気のせいかな?
「どうしたのだ、主。何か異変でも起きているか?」
「いや、3匹とも元気だけど……ん~、やっぱり表情が……」
「表情?」
飛びトカゲの不思議そうな声に視線を向けると、中は見えないと言っていたはずなのに、卵をじっと見ていた。
「見えるのか?」
「いや、全く」
なら、どうして卵を凝視したんだ?
「それより表情とはなんだ?」
「あぁ、ここに来た時より、ケルベロスたちの表情が穏やかに見えてさ」
見慣れたから、そう見えるのか。
本当に穏やかになったのか、それがちょっと分からなんだけど。
俺の言葉が届いたのだろう。
3匹で顔を見合わせて、首を傾げている。
あっ、首を傾げる方向は皆一緒なんだ。
そうか、一緒じゃないと頭と頭がぶつかるか。
「ん~、卵に与えている力が影響しているかもしれないな」
与えている力?
「つまり俺の力で表情が変わったという事か?」
そんな事が起こるのか?
「主の力は清らかだから、魔界に住む者には本当は毒となるはずなんだ」
何だって!
毒?
「主、慌てる必要はない。主の力はケルベロスを苦しめてはいない。卵の中は見られないが、卵から伝わる状態はとてもいい。毒にはまったくなっていない」
「そうか。よかった」
俺の力が毒になる可能性なんて、考えた事は無かった。
これからは気を付けないと駄目だな。
そう言えば、卵が何か分かっていなかった時に石を集めて力を与えた事があったな。
全ての石がそうではなかったが、毒々しい力を感じた石があった。
あれは俺の持っている力とは真逆な印象を受けた。
あれが、この子達にとって必要な力という事か。
ん?
ケルベロスは、本来は魔界にいると聞いたな。
つまり、あの時感じた毒々しいと感じた力が必要になるんじゃないか。
だが、ここで与えている力は俺の力で真逆の力だ。
生まれない原因って……俺の力なのでは?
毒ではないが、問題が起こる力……。
「飛びトカゲ」
「どうした?」
俺の表情を見た飛びトカゲが、困惑した表情を見せる。
たぶん顔色が悪いんだろうな。
「ケルベロスが生まれないのは、俺の力が毒ではないが問題があるからじゃないか?」
「俺が卵から受けた印象から言って、それは無い」
そうなんだろうか?
「本当に?」
「あぁ。主の力を貰った時の卵から感じるのは穏やかさだ」
なら、大丈夫なのかな。
だとしたら……俺の力は問題ないが、殻を破るだけの力がないと考えられないか?
あの毒々しい力が殻を破るのに必要だとか……。
「魔界に住むケルベロスに必要な力が、足りてないとは考えられないか?」
「必要な力?」
俺の言葉に首を傾げる飛びトカゲ。
「ケルベロスに石の力を与えた事があっただろう? あの時、毒々しい力を持つ石があった」
「あぁ、覚えている。 あの石の力を感じた時、魔界を感じたからな」
やはりあれが、魔界の力なのか。
「ケルベロスは本来魔界にいて、あの毒々しい力を与えられているはずなんだよな」
「そうだな」
「だが、ここでもらえるのは真逆の俺の力だ。魔界の力を与えられていないから、生まれる事ができないのでは?」
俺の言葉に考える飛びトカゲ。
「それは……。ごめん、分からない。魔界から出た卵は、神力を受けその姿を消滅させるという知識しかないんだ」
神力を受けて消滅。
俺の新しい力は神力とも少し違うと言っていたから、消滅を免れたのか。
……消滅させなくてよかった~。
無意識に恐ろしい事をしてたな。
「あの毒々しい力を再現出来れば、生まれてくる事が出来るのかな?」
俺の予想が正しいのかは分からないが、やってみる価値はあるかな?
でも、あの毒々しい力。
思い出しても、寒気を感じるんだよな。
「いや、それは無理だろう」
「そうなのか?」
飛びトカゲの言葉にちょっと残念な気持ちが沸き上がる。
いい案だと思ったんだが。
「普通、魔界の力を再現などできない」
「そうなんだ。だったら神に……魔界の力を神にお願いしても、できないか……」
何となくそんな気がする。
「無理だな。そもそも神は魔界の力に触れられない」
「えっ? 触れない?」
「そう俺の知識が教えてくれるから、そうなんだと思う。ただ、この知識も神が植え付けたモノだからな。神の現状を知った今となっては、どこまで正しい知識なのか不安がある」
飛びトカゲの言葉に苦笑が浮かぶ。
確かに、彼らは自分たちに都合のいいように色々変えていたからな。
神が植え付けた知識が正しいとは……まったく言えないな。
「そう言えば、魔界の力はなんて言うんだ? 魔力は、違うな。魔界力?」
「闇の魔力だ」
闇の魔力?
何か別の呼び方は無かったのか?
「魔界の力が闇の魔力か。神がいる世界の力は光の魔力が正式名称か?」
「そうだ」
なるほど……話す時に面倒くさそうだな。
あれ?
神力は?
「神の使う力が神力だったら、魔界を治める魔神でいいのか? その者が使う力は何なんだ?」
「魔神力と呼ばれているようだ。そう言えば、なぜ魔神がいると思ったんだ?」
「えっ? だって神がいるなら魔界を治める神がいてもおかしくないだろう?」
何だろう?
何かおかしな事でも言ったか?
「どうも、魔界に神がいる事は極秘のようだ」
なんで?
飛びトカゲを見るが首を傾げた。
知識には理由が埋め込まれていなかったようだ。
今度はいったい、何を隠しているんだ?
まぁ、巻き込まれないためにもスルーするけどね。
絶対に、その部分には触れない!




