36.オルサガス国 ハーフの騎士
―オルサガス国 下っ端騎士ナピスラ視点―
洞窟に集められた武器を見つめ、ため息を吐く。
これは……反逆行為だよな。
まさか本当にオップル総隊長が、王様の意向に背く行動を起こすとは思わなかった。
「逃げたい」
騎士、やめたい。
まぁ、やめられないんだけど……。
「はぁ」
俺はハーフで見た目がエルフより人に近いから、この国には居場所が無い。
耳を触る。
エルフには見られない丸い耳。
あ~、ヤダヤダ。
どうせ俺には何もできない。
でもこのままいったら、俺たち下っ端が最初にエンペラス国の騎士とやりあう事になるんだよな。
この国を守って死ぬのは嫌だなぁ。
「おい、武器の確認は終わったのか?」
洞窟の奥にある武器を隠している空間に、1人の騎士が入ってくる。
ため息が出そうになるのを何とか止め、頭を下げる。
「すみません。まだです」
かなり広い空間に積みあがっている武器を、たった1人で調べているんだ。
命令されてから、ちらりと時計を見ると約20分。
終わるわけないだろうが。
馬鹿なのかこいつ。
「なんだ、半端か」
はいはい。
どうせ俺はエルフと人のハーフで半端者ですよ。
なんで俺、この国を守る騎士になろうなんて思ったんだろう。
ほんと、騙されたよな。
「とっとと終わらせろ。本当に屑だな」
はいはい。
終わらせろというなら、とっとと出ていってくれ。
お前がいると確認ができないんだよ。
「ちっ」
舌打ちしながら出ていった奴の足音が遠ざかるのを確認してから、ため息を吐く。
王様はいい人なんだけどなぁ。
剣を捧げた時に少しだけ話ができたけど、とても優しかった。
でも、優しいだけじゃ駄目なんだろうな。
優しいから、オップル総隊長に舐められる。
でも、オップル総隊長はこれからする事が成功すると、本気で思っているんだろうか?
もし何か事を起こしたら、森に潰される気がするんだが。
……それに巻き込まれるんだろうなぁ。
「あれ? この武器」
殺傷能力が強すぎるから王様が製造を止めた武器だよな。
なんでこんな物がこんなに……。
まさか、作らせたのか?
「はぁ」
もうこれだけで、反逆罪の証拠になるんだろうな。
何かこそこそしているのは知っていたが、武器製造にまで手を出していたのか。
王様は、まさかオップル総隊長が裏切るとは思っていないのかな?
まぁ、王様を前にしている時は家臣として尽くしているように見せているもんな。
この武器を1つだけでも持ち出せたら……無理か。
持ち出せたとしても、誰に渡すんだ?
騎士たちはオップル総隊長に心酔している。
騎士以外に知り合いなんていない。
「駄目だな。俺にはどうする事も出来ない」
無力だな。
俺の行動で、家族にも被害が及ぶし……。
「はぁ」
問題の武器の数を数え、紙に記載する。
次の武器は……こっちも問題のある武器か。
その武器の隣を見る。
……これもか。
「本気でエンペラス国に攻め込むつもりなんだな」
戦争を起こしてどうするつもりなんだろう。
確かに、あの国は大きく間違ったかもしれないがそれは前王時代だ。
今の王に代わってから、正しい道を進んでいる。
しかも、今の王は森から守られた王だ。
確か、ガンミルゼ王。
俺の父が言っていた「彼はそうとうなやり手だ」と。
そんな森から守られる王がいる国に戦争を吹っ掛けるなんて、愚かだとしか言いようがない。
王様がオップル総隊長の本性に気付けばいいのに。
無理なのかな?
前の王様の弟だったっけ?
あれその前の王様の弟だったかな?
「げっ」
ある箱を開けて、つい気持ちが飛び出してしまった。
これって、呪いが掛かっている剣だよな。
使用する者の命を使って力を発動させる。
なんでこんな物まであるんだ?
「まさかこれを使って戦えって事か?」
……たぶん、そうなんだろうな。
総隊長にとって俺たち下っ端の騎士なんて、使い捨てだからな。
特に下っ端と言われる騎士には、俺のようなハーフが多くいる。
ハーフはいつ死んでもいい存在だからな。
それを知っていたら騎士になんてならなかったのに。
騙されたよな。
騎士で功績をあげれば、ハーフでも認められるという謳い文句で騎士になったら現実は使い捨て。
しかも、内情がばれたら問題になるからと家族を人質に取られてしまった。
家族がそれに、気付いていないのが救いだな。
差別から守るという理由で、1つの村に集められているだけだと思っている。
実際に、差別からは守られているしな。
「はぁ。終わった」
全ての武器の数を数え、紙に記載する。
何だか空しいな。
「おい」
「はい」
気付かなかった。
気を付けないと。
「その箱を持って外に出ろ」
入ってきた騎士が指すのは、呪いの掛かった剣。
本気か?
騎士を見ると、にやりと笑われる。
あぁ、本気か。
「……はい」
命令を下した騎士が洞窟の入り口から出ると、1人の騎士が入ってくる。
彼は俺と同じようにハーフだ。
だが、俺より待遇はいい。
その理由は見た目。
彼は俺のような人間よりではなく、エルフより。
耳が尖っているのだ。
たったこれだけで対応が変わる。
本当にこの国の騎士は屑だ。
2人で箱を持って洞窟から出る。
やはり集められているのは俺のようなハーフの騎士たち。
「箱を開けて、剣を持て」
俺と一緒に箱を持ってきた騎士が蓋を開ける。
「えっ……」
中身を見て、全員が一度困惑した表情をした。
が、すぐに諦めた表情になる。
「何をしている! とっとと剣を持って2人一組で訓練開始!」
周りを見ると、ニヤニヤした表情の騎士たちが少し離れた場所にいた。
呪いの剣を使ったらどうなるか、見物に来たんだろう。
本当にこの騎士団は屑ばかりだ。
「くそが」
誰かの小さなつぶやきが聞こえる。
仕方ない。
これが俺たちのいる場所だ。
手を伸ばし剣に指先が触れる。
ふわっ、視界が真っ白になる、
「えっ?」
「うわっ」
「なんだっ! 何が!」
バキッ、バキバキバキ。
ピシリッ。
何かが壊れる音が近くで聞こえる。
怖くなり伸ばしていた手をすぐさま胸元に引き寄せる。
「何が起こったんだ?」
視界はすぐに元に戻り、周りを見るが特に何かが起こった様子は無い。
ただ、世界が一瞬真白になったようだ。
「森の王、もしくは森の神の力か?」
「そうかもな。でも、何も起こってないよな?」
目の前にいる下っ端仲間の騎士たちが声を潜めながら話す。
俺もそれに頷きながら周りを見る。
「おい、剣が!」
えっ?
1人の騎士の言葉に、箱の中に視線を向ける。
そして息を飲む。
箱に入っている全ての剣が白くなっていた。
「何が起こったんだ?」
俺の言葉に、周りにいた騎士たちが首を横に振る。
手を伸ばし、1本の剣を握る。
そっと箱から出す。
持ち手も鞘も白くなり、不気味な雰囲気だ。
鞘から刃を出すと、刃こぼれを起こし使える状態では無くなっていた。
「なんだ、それは!」
少し離れた場所から怒鳴り声が聞こえた。
そんな事は俺も訊きたい。
何て言ったら、怒鳴り散らされるんだろうな。
「……剣です」
「そんな事は分かっている! どうしてそうなった!」
そんな事、俺が知るはずがないだろう。
少し離れた場所にいた騎士たちが慌てて駆け寄って、箱の中を見る。
そして顔色を変えた。
「まさか……森の王たちに……」
唖然とした騎士の一人がぼそりと言うと、慌てて周りを見る騎士たち。
そのビビっている様子に、下っ端騎士たちが呆れた表情をする。
今まで偉ぶっていたくせに、なんだそのへっぴり腰。
情けない。
それより、本当に森の王は気付いているのか?
まぁ、偶然なんて起こるわけがないから気付いているんだろう。
被害は剣だけ。
もしかしたら警告なのかもしれないな。
「次は何が起こるんだろう」
俺の言葉に、騎士たちがびくりと震える。
本当に情けない。
ため息を吐きそうになり、慌てて視線を森へと向ける。
「えっ」
全身から汗が噴き出るのが分かった。
「大丈夫か?」
どうやら顔色も悪くなっているようだ。
ハーフ仲間が心配そうに訊いてくるが、それに答える余裕はない。
木々の間から見えるあの姿……目が6個のあの姿は……おそらくアルメアレニエ。
気付かれているんじゃない、見られている。
「ひっ!」
ハーフ仲間たちが俺の視線の先に気付きだした。
見つけては、さっと視線を逸らす。
「ほ、報告すべきか?」
「それは……」
視線を、箱の中を見て慌てている騎士たちに向ける。
「おい、これはお前たちの責任だからな!」
なんでだよ!
「報告はしなくていいだろう」
「そうだな」
ハーフ仲間たちの心が1つになった。
「なぁ。手、振ってないか?」
箱を開けたハーフ仲間が、おかしな事を言う。
だが気になるので、騎士たちにばれないように視線を向ける。
……本当に前足を俺たちに向かって振っていた。
小さく手を振り返すと、アルメアレニエは森の奥へと消えた。




