32. ヒビの修繕
戦う気が無くなった巨大ゲンゴロウは、こちらを見てびくびくしている。
先ほどと比べると目の濁りも薄くなっている……ような気がする。
もしかしたら俺の願望で、そう見えるだけかもしれないが……。
だが、このままではまたあの濁りの影響を受けるだろう。
何とかしたいが、どうすれば……。
「体の中に入った濁った魔力……余計なモノだよな」
あっ! 体の中にあったら駄目なんだから、外に出せばいいんだ。
うん。そうだよ。
簡単な事だ。
後は、方法だな。
ちらりと巨大ゲンゴロウを見る。
視線が合うと、びくりと震え始める。
飛び蹴りしたの俺じゃないんだけど、ちょっとショック。
いや、ショックを受けている場合じゃないな。
ん~、あの濁りを菌だとして、体から細かい目に見えない菌を排除するイメージを作って……。
排除したモノが、空気中に飛散したら意味がないな。
集めて1つに丸めて固めるイメージを作っておこうかな。
これで飛散することは無いだろう。
よしっ、思いのほか上手くイメージが作れたな。
巨大ゲンゴロウに近付くと涙目でふるふるしている。
もう完全に、いじめないでって感じなんだけど。
「俺は攻撃なんてしてないよ?」
ふるふる、ふるふる。
……はぁ、諦めよう。
「体の中の余分なものを排除するから、そのまま動くなよ」
俺が巨大ゲンゴロウに手で触れると、震えが激しくなる。
それに小さく苦笑を浮かべる。
「排除」
巨大ゲンゴロウが光るとゴロンと何かが落ちる音がした。
視線を向けると黒い塊。
おそらく排除されたモノの塊だろう。
「きゅっ」
可愛い声に視線を向けると、澄んだ綺麗な瞳と視線があう。
巨大ゲンゴロウ本来の目だ。
良かった。
視線が合っているのに震えてない!
「ところで、君は肺呼吸? エラ呼吸?」
いつまでも地上にいていいんだろうか?
「きゅっ?」
地上でも苦しそうじゃないから肺呼吸かな?
「主、肺呼吸ではないぞ。エラ呼吸でもないが」
「えっ?」
水色の言葉に首を傾げる。
他の呼吸方法なんてあったかな?
……肌呼吸?
いや、これは無いか……だったらなんだ?
「そもそも呼吸していない」
「えっ!」
呼吸してないの!
巨大ゲンゴロウを見る。
そう言えば鼻がない……いや、ゲンゴロウの鼻の位置なんて知らない。
じゃなくて!
呼吸してないのに、生きているのか?
じっと巨大ゲンゴロウを見る。
動いているよな?
「生物だよな?」
「もちろん」
良かった生物ではあるんだ。
「この子はどんな存在なんだ?」
呼吸をしないのに生きているなんて、俺からしたら不思議なんだけど。
「魔力が集まって、ある日何かの拍子に生まれるんだ。周りに漂う魔力を体内に入れる事で生きている」
つまりこの子は魔力の塊?
そっと手を伸ばして巨大ゲンゴロウに触れる。
あぁ確かに、ギュッと集まった魔力を体内に感じる。
あれ?
これ……俺の魔力に似ているな。
俺の魔力が、森の中を漂っているからかな?
「普通は魔力の塊が意思を持つことは珍しいんだが……」
水色の言葉に首を傾げる。
この湖の生き物に見えたモノたちは、皆意思があったような気がするが。
アメーバが俺に水を掛けると、楽しそうに参加する子がいるし。
「主の魔力が集まって生まれたから、魔聖魂がこの世界では別物になっているのかもしれない」
「ませいこん?」
巨大ゲンゴロウの事だよな。
「魔力で生まれた聖なる魂。意思はなく、その世界の魔力の影響を受けやすい存在なんだ」
魔力で生まれた聖なる魂……魔聖魂でいいのかな?
水色の説明に、一つ目たちも興味深そうに巨大ゲンゴロウを見る。
それにちょっとおどおどしている姿が、可愛い。
「あまり怯えさせるなよ」
「はい。大丈夫です」
いや、大丈夫ではないだろう。
間違いなく怯えているんだが……。
それにしても意思がないのが通常なのか。
巨大ゲンゴロウを見る。
一つ目たちにつんつんされて、ぷるぷるしている。
意思は間違いなく存在しているよな。
「こらっ、つんつんしないの。泣きそうだよ」
左右から一つ目たちにつんつんされて、涙目になっている気がする。
さすがに可哀想で止めると、嬉しそうに俺にすり寄ってきた。
見た目は巨大ゲンゴロウ。
ちょっとだけ腰が引けそうになった。
「湖にいるのは、全部魔聖魂でいいのか?」
それとも違う生き物がいたりするのかな?
「いや、魔聖魂は生まれる事自体が珍しいから。この湖にはこの子とあと1匹だけだ。他は水の中で生きる魔物だよ」
水色が水の中を覗くが、濁りが先ほどより悪化していて既に中は見られなくなっているみたいだ。
「魔物だったんだ」
という事は、アメンボみたいな子もエビみたいな子も魔物だったのか。
想像していた魔物とちょっと違ったな。
「もう1匹の魔聖魂も、この子みたいに大きいのか?」
「いや、もっと小さかった。魔聖魂は生まれた時に最初に目に映ったモノに似るから」
ほぉ、すごいな。
魔聖魂独自の形は無いって事か。
「きゅっ」
「どうした?」
魔聖魂が湖を見る。
そうだった。
ヒビを直そうとしていたんだった。
すっかり巨大ゲンゴロウの事で忘れてた。
ドローンに繋がっている画像を見る。
相変わらず、ヒビから黒い濁りが溢れている。
ヒビか……壁のヒビならモルタルで直した事があるな。
魔力をモルタルみたいに変化させて、ヒビに塗ったら直せないかな?
ん~、ここで考えても答えは出ないな。
よしっ、魔力をモルタルのように粘り……
「ぎゅ~」
苦しそうな鳴き声に、画面から顔を上げると湖からエビのような生き物が這い出てきた。
苦しいのかバタバタと暴れ、湖の水がバシャバシャと音をたてる。
「濁った魔力のせいで苦しんでいるのか?」
ヒビの前にこの湖の水をきれいにしておこう。
すぐに濁り出すが、時間稼ぎは出来るだろう。
湖の傍で膝をつき、手を湖に入れる。
湖の水に混ざり込んでいる濁った魔力を、1つに集め固めるイメージを作る。
湖の中にいる生き物の体内から排除するのは先ほどイメージして作った魔法で大丈夫だろう。
「集めて硬化。排除」
湖と這い出ていたエビのような生き物が光に包まれる。
光はすぐに消え、残ったのは綺麗な澄んだ水になった湖と、不思議そうに周りを見るエビのような生き物。
「大丈夫か? 苦しくないか?」
俺の言葉にパシャンと尻尾を何度か動かすと、すっと湖の中に戻って行った。
良かった。
だが、すぐにヒビを何とかしないと駄目だろうな。
「よしっ、とっととヒビを埋めよう」
あっ、集めて固めたモノ……湖の底だな。
「主、どうした?」
湖を見て眉間に皺を寄せた俺を、水色が不思議そうに見る。
「濁った魔力を1つに集めて固めたんだが、湖の底に沈んだなって思って」
「きゅっ」
巨大ゲンゴロウが鳴くと、パシャンと水の中に入っていく。
水から濁りが消えたから戻ったのかな?
「後で拾うか」
しっかり固めるイメージを作ったから、濁った魔力が滲み出てくる事はないだろう。
後で魔法で拾い上げれば、大丈夫のはずだ。
今は原因となっているヒビを直そう。
「画面を見ながらの方が、失敗しないよな」
画面に映し出されるヒビに、壁の修繕で行ったようにモルタルのように変化させた魔力を埋めて濁った魔力を閉じ込めていく。
経験しているから、イメージが作りやすいな。
あとはヒビの周りにある濁った魔力だな。
……湖の時と同じように集めて固めよう。
「よしっ。モルタル補修、集めて硬化」
魔法の発動と共に、画面に映るヒビに何かがボタっと落ちスーッとその何かがヒビに沿って伸ばされていく。
「この黒っぽいのが、モルタルのような状態に変化させた魔力か……」
上手くヒビが隠れていっているな。
溢れた濁った魔力で、空気が濁っているのか奥が見えにくいが、薄っすら見える範囲では成功しているようだ。
よく見ようと画面に近付くと、パッと見えにくかった画像が一瞬で奥まで見通せるものに変わる。
「うわっ」
何が起こったんだ?
あっそうだ。
空気中に混ざり込んだ濁った魔力も一緒に対処したっけ。
「ヒビが綺麗に埋まってるな。これで濁った魔力が漏れてこなければ成功だな」




