30.ヒビを探そう。
「な、なんだ、今のは……」
水色が警戒をしながら湖に近付くと、湖の中を覗き込む。
「危険な感じでしたね」
一つ目たちも水色に続き湖に近付くと、湖周辺へと視線を走らせる。
「叫び声みたいに聞こえたな。ふぅ」
煩くなっている心臓を深呼吸で落ち着かせ、水色の隣に立ち同じように湖の中を覗きこむ。
「少し濁っているな」
いつもは透明のキレイな水なのに、今はどこか濁っているように見える。
先ほどのあれが原因だろうか?
それにしても恐ろしかった。
一瞬だったが、体の芯を冷やすような何かを感じた。
そう言えば、以前にも感じた事があるような気がするな。
いや、一瞬だったから気のせいかもしれないな。
「主、湖にいる者たちの様子がおかしい」
「えっ?」
水色に言われ、もう一度湖の中を覗きこむ。
確かに、おかしい。
いつもなら、湖から顔を出したりするのに、今日は1匹も水面から顔を出さない。
どうしたんだろう?
この湖の濁りが原因か?
すっと湖の水に手を浸す。
「主、危ないぞ!」
水色が慌てた様子で、俺の湖に浸かっている方の腕を口に挟む。
「大丈夫だ」
結界もあるし、対処できるだろう。
ちらっとこちらに視線を向ける水色は、なんとも情けない表情をしている。
「危ないと感じたらすぐに止めるから」
「……はぁ、分かった」
水色のちょっと不服そうな声に、苦笑が浮かぶ。
心配してくれる事は嬉しいが、調べないと。
水は冷たく、だがどこか刺々しい何かを感じる。
これは……なんだ?
魔力?
…………いや、違うな。
神力でもないな。
ん~?
何だろう、拒絶するような力とでもいうか……あれ? これ力か?
何か違和感があるな。
それに、やはり以前どこかでこれに似たものを感じた事がある。
何処でだったかな?
もう少しで分かりそうなのに……。
ぽこ。
ぽこ。
とっさに湖から手を引き、音が聞こえた方へ視線を向ける。
また、先ほどと同じ気泡が湖の底から上がってきてしまったようだ。
「あっ! 湖の水を汚したのはあの気泡みたいだな。気泡が割れる度に周辺の水が濁っていく」
小さい気泡が1つ、また1つと水面に上がって来る。
その気泡が割れると、その周りの水がすっと黒くなり周りの水に紛れ込んでいく。
ぽこ。
ぽこ。
先ほどと違い、気泡が激しくなることは無いが止まる気配は一切ない。
「あの気泡を何とかしないと駄目だな」
このまま気泡が止まらなければ、湖の水は全て駄目になってしまいそうな気がする。
そうなれば、ここに住むすべての生き物に影響するだろう。
何とか食い止めないと。
「ロープ? いないか?」
予想だが、あの気泡が核の周辺にある魔力の欠片だろう。
魔力が濁っていたと言っていたし。
なら、ロープは既にヒビの入った壁を直した事がある。
ロープが協力してくれたら、すぐにヒビ塞げるだろう。
……いないのか?
「ロープ?」
ヒビの修復方法を聞いておけばよかったな。
そもそも、連絡手段を聞いていないのが問題だよな。
さて、どうしようか。
壁のヒビ。
まずはそのヒビがどこにあるのか把握することが大切だよな。
大地の下。
どれくらい下まで探ればいいんだろう。
……ちょっと気が遠くなりそうだな。
まぁ、やるしかないよな。
「主? 何かするのか?」
水色が何かを感じたのか、訊いてくる。
「あぁ、あの気泡を止めないと湖が駄目になるだろうから、その原因を探って気泡を止めようと思う」
俺の言葉に頷く水色。
「主、何かする事はありますか?」
一つ目たちが俺をじっと見つめる。
「そうだな……何かあるかもしれないから、警戒をしてほしいかな。何かあった時は一つ目の判断で対処していいから」
一つ目がこの世界に害を与えることは無い。
任せても大丈夫だろう。
「「「任せてください」」」
ん?
目の前には2体の一つ目。
声が3つ聞こえたんだが?
周りを見ると、旗を1本持った一つ目が目に入った。
あぁ、広場を作る時に旗を持っていたのはこの子か。
「広場作りはちょっと中断だな」
「大丈夫です。気泡の対処が済めばすぐに再開できるように準備をしておきます」
うん。
ちょっと休憩が欲しいかな。
何だか、終わったらすぐに広場作りに取り掛かれと言われている気がする。
「あ~、休憩してからな」
「……?」
なんでそこで首を傾げるんだ?
俺には休憩が必要だぞ?
「休憩なんて必要ないと思います」
「いや、必要だから」
断言された!
でも、必要だと思うよ。
「仕方ないですね。お茶とお菓子の準備をしておきます」
この一つ目、これまであまり話す機会の無かった子かな?
話すペースが、今までの一つ目と少し違う。
何処かずれているような……。
まぁ、今はそれを確かめる時間は無いな。
それにお菓子とお茶なら大歓迎。
ゆっくり休憩ができるはず……させてくれるよね?
「ありがとう。さて、まずは大地の下を調べる必要があるな。魔力の方が良いのか? それとも新しい力か?」
ヒビを修復する時に使うのは魔力だよな。
なら魔力で探っておいた方が、後々便利かな?
見つけてすぐに修復ができるもんな。
やり方は知らないけど、何とかなるでしょう。
「さて……」
地面に手を突き、魔力をまっすぐ下に流し込む。
強い1本の紐をイメージして、どんどん下へ、下へ、下へ。
結構深いところまで魔力の紐が到達したが、特に気になるモノは出てこない。
壁はまだ深いところにあるという事だろうか?
「ふぅ」
紐の長さをどんどん足して、もっと下、もっと下。
ん?
魔力の紐が何かに引っ張られている気がする。
どうしよう、何処に行くか不安はあるが、このまま頑張っても壁に辿り着けないかもしれない。
ここはちょっと引っ張られて様子を見ようかな。
よしっ。
引っ張る力に魔力の紐の先端を絡ませるイメージを作る。
が、魔法を発動させる前に魔力の紐が今までにないスピードで下に引っ張られてしまう。
「すごっ」
引っ張る力はかなり強く、魔力の紐の強度が心配になる。
たぶん元は魔力なので魔力を紐に供給し続ければ、切れるような事は無いのだろうが不安だ。
そうだ、魔力の紐をワイヤーで強化しておこう。
「必要はないかもしれないが、不安解消に」
魔力の紐をワイヤー入りの紐に強化するイメージを作る
「紐の強化」
頭にイメージした魔力の紐にワイヤーをプラスする。
頭に浮かんでいた魔力の紐が、ふっと一瞬だけ白く輝く。
たぶん……成功したはず!
「それにしても、まだ下へ向かっているみたいだな……」
引っ張る力に身を任せていると、急に何か巨大な力を感じた。
そして引っ張っていた力が消えた。
「ここまでか。それにしても巨大な力は壁かな?」
まるで……特に何も思い浮かばないが、これまでで一番強い力を感じる。
魔力?
いや、神力だなこれ。
神力の壁?
あれ?
魔力でヒビを修復したと言っていたような気がしたが、訊き間違いか?
神力の壁は魔力では直せないよな?
「主、大丈夫か?」
水色の言葉に無言で頷く。
魔力を意識して供給し続けるのは、意外に疲れるのだと初めて知ったよ。
いつもは無意識だからな。
しかもイメージした魔力の紐が細かったので、そこに魔力を供給するには少しずつ魔力を流す必要があった。
これが想像より集中力が必要で、本当に疲れた。
頭がちょっと、くらくらしてしまっている。
一度落ち着こう。
ふぅ…………ちょっと落ち着いたな。
「さて、紐の先にある巨大な力を調べますか」
紐に魔力を多めに流し、紐の先端を手のように変化させる。
紐の先端に手。
……不気味だ。
まぁ、調べるためで、誰かに見られるわけではないからいいだろう。
「まずは触ってみるか」
巨大な神力に手を伸ばし、ぺたぺたと触れてみる。
あちこち触ってみたが、平らな何かに触れている感触しかしない。
やはりこれが壁で間違いなさそうだな。
「あちこち触ったが、問題の無い壁だよな。どこにヒビがあるんだ?」
これ……ヒビを見つけるのが、かなり大変かもしれない。




