21.特別調査部隊マロフェ隊長3
―エンペラス国 特別調査部隊隊長 マロフェ視点―
混ぜ物に襲われた村に着いた時には、その惨状に唖然とした。
だがいつまでも、そうしているわけにもいかない。
気を取り直して、隊員たちに指示を出した。
指示を出して4日目の夕方。
調査のため森へ行っていたピッシェ副隊長が、拠点となっているテントに戻ってきた。
「お疲れ様」
「はい、調査の結果を報告に上がりました」
「分かった、もうしばらくすれば補佐の2人も来る。少し待っていてくれ」
ピッシェ副隊長には、混ぜ物の調査を依頼した。
既に村にはいなかったが、混ぜ物の動きを知る必要がある。
数十分後、拠点に補佐のアバルとラーシが顔を見せた。
「ピッシェ副隊長、報告を」
「はい。混ぜ物ですが、村を襲ってすぐに森に戻ったそうです。それ以降の手掛かりは有りませんでした。森を少し調査しましたが、手掛かりは掴めませんでした」
「そうか」
何故襲ったのか。
被害にあった者たちを見たが、食われた者はいなかった。
本当にどうしてこの村を襲ったのか。
「こちらを」
アバル補佐が、地図を広げながらある場所を示す。
「ここに混ぜ物の痕跡がありました」
指した場所は森と村の境界線、そこが混ぜ物が入り込んだ場所だろう。
「結界に異常は?」
森の魔物が村を襲わないように、境界線には結界が張ってある。
「ありませんでした。しっかり結界は張られています」
アバル補佐の話に眉間に皺が寄る。
結界に異常が無いならば、今回村に入り込んだ混ぜ物には結界が効かないという事になる。
前王はいったいどんな化け物を生み出したのか。
「最悪な結果ですね」
ピッシェ副隊長がため息を吐きながら言う。
「そうだな」
結界が効かない混ぜ物だとしたら、どうやってこの村を守ればいい?
この村だけではない、森に近い村は全て危険だ。
それに今回目撃された混ぜ物は6匹だったが、これで全部か?
もっといっぱいいたら?
「とりあえず、王へ結果を連絡しておく。ピッシェ副隊長、アバル補佐調査ありがとう」
森に近い村に駐屯する騎士が増えるかもしれないな。
いや、無理か。
騎士の数がどこも足りていない。
増やしたくても、増やせないかもしれない。
何としてでも混ぜ物を見つけて、討伐しなければ。
「「いえ」」
まただ。
俺がお礼を言うと、なぜか皆緊張した態度を見せる。
何か駄目なんだろうか?
うっ、胃が痛い。
まだ話し合いは続くのに……はぁ。
「ラーシ補佐、瓦礫の処理はどれぐらい進んだ?」
村は、ほとんどの家が壊され、元家だった瓦礫の山があちこちに出来上がっていた。
村を復興させるには、まず瓦礫を移動させなければ始まらない。
村に着いた翌日から、ラーシ補佐と隊員たちに、瓦礫の移動をするように指示を出した。
あれから4日。
騎士達は体力があるし、村はそれほど大きくはない。
そろそろいつ頃瓦礫の移動が完了するか、予測がつくだろう。
「あと1日ですべての瓦礫の移動が終ります」
「早いな」
これはちょっと予想外だ。
あと4日か5日は掛かると思っていた。
「随行した魔導師が重さ軽減の魔法を使ってくれたため、かなり捗りました」
魔導師?
そう言えば、2名の魔導師が一緒に来ていたな。
どうも昔の記憶があって、魔導師が苦手だ。
これでは駄目だとは分かっているんだが……。
後で魔導師の資料を読んでおこう。
「分かった。ご苦労様。2日後には隣町から家を建てるための木材などが届く事になっている。俺たちの仕事は瓦礫の移動までとする。あとは森に入って混ぜ物の調査と討伐だ」
「「「はい」」」
話し合いが終ると、どっと疲れが押し寄せる。
3人が拠点から出ていくと、大きく深呼吸をする。
この村に着くまでに何度か話し合いをしたが、本当に疲れる。
「明後日から森の中か。彼らといる時間が増えるんだよな……はぁ」
拠点から出て、少し離れたところで食事をしている部下たちを見る。
村人からお礼にと野菜を貰ったそうで、今日の夕飯のスープは具が沢山入っている。
皆、村の人たちとの関係を上手く築けているようだ。
たぶん、築けていないのは俺だけだろう。
村の代表と話す時も、かなりビビられてしまった。
頑張って、表情を取り繕ったのだが、どうも逆効果になってしまったようだ。
あった瞬間に「ひっ」と小さく叫ばれた。
俺はいったいどんな顔をしていたのか……。
「夕飯を持ってきました」
「えっ?」
ピッシェ副隊長が2人前の夕飯が載ったトレーを持って、俺の傍に来る。
それを不思議そうに見つめると、ピッシェ副隊長も首を傾げる。
「夕飯がまだだと聞いたんですが……」
「あぁ、まだだ」
もしかして俺の分か?
心の中で慌てていると、すっとトレーが1つ差し出される。
反射的に受け取った自分にちょっと驚く。
「ありがとう」
「いえ、一緒に食べて良いでしょうか?」
ピッシェ副隊長が、俺に歩みよろうとしてくれているのが分かる。
だが、食事ぐらい気を休めて食べた方がいいのではないだろうか?
少し迷うが、ここで断ったらピッシェ副隊長に失礼だろうな。
「あぁ、構わない」
……もっと言い方があるだろう。
感謝を述べるとか。
駄目だ。
顔が硬直しているような気がする。
ちらりとピッシェ副隊長を見るが、よかった。
俺の態度に、気を悪くしている様子は無い。
拠点の近くにある椅子に、ピッシェ副隊長と並んで座る。
食べ始めると、確かに野菜がごろごろと入っていて美味しい。
「…………」
何か話をしないと駄目だろうか?
でも、いったい何を?
明後日からの事?
だが、食事中に仕事の話などしたくないだろう。
俺が嫌だ。
……どうしたら……。
「随分と隊員と村の人たちが仲良くなってますよね」
ピッシェ副隊長の言葉に視線を部下たちに向けると、部下に交じって村の人がいる事に気付く。
そう言えば、彼らは昨日もいたな。
「そうだな」
「あの、村の人たちから隊長に謝りたいと言われまして……」
謝りたい?
村の人と俺の間で、何かあっただろうか?
「あの初日に彼らがした、態度の事だと思います」
初日の態度?
もしかして、隊長が獣人だと知った時に見せた嫌悪感の事か?
別に慣れているから、気にも留めなかったが。
気にしていた者がいたのか?
「特に気にしていないから、問題ない」
心というモノは、すぐにどうにかなるモノではない。
ずっと獣人を下に見てきたのに、隊長として目の前にいるんだ。
嫌悪感を覚える者もいるだろう。
そしてその数は1人や2人ではない。
だいたい騎士の中にも、俺が隊長になった事を不服に感じる者はいるんだ。
いちいち気にしていられるか。
「あの、謝るチャン……いえ、なんでもないです」
ん?
今、何か言いかけたような気がしたが。
ピッシェ副隊長を見るが、既に食事を再開していた。
もう一度訊くのも悪いし、まぁ大丈夫だろう。
そう言えば、ピッシェ副隊長は俺と目を合わせても慌てないな。
獣人達以外の騎士仲間は、目が合うとあわてる者が多いが。
そっとピッシェ副隊長を見る。
「彼が副隊長でよかったな」
「えっ? 何か言いましたか?」
「いや、なんでもない」
ピッシェ副隊長の不思議そうな視線に焦る。
まさか声に出してしまうなんて……。
食事を続けようとして、既に食べ終わっていることに気付く。
……いつの間に食べ終わっていたんだ?




