14.エントール国第3騎士団団長1
-エントール国 第3騎士団 団長視点-
「団長、疲れました。休みましょう」
副団長キミールの言葉にため息が出る。
そう言って、1時間前に休憩をしただろうが。
「そんなに王都に戻りたくないのか?」
「何を言っているんですか? そんな事あるわけないじゃないですか」
憮然とした表情で言うキミールだが、絶対に戻りたくないんだろうな。
そう言う俺も、戻りたくない。
戻ったら……。
「机の上の書類の山……」
カフィレットの言葉に、キミールがキッとカフィレットを睨む。
「思い出させるな! 団長、ここは休憩が必要だと――」
「失礼します。あの、あの……」
先頭を歩いていたはずの部下の2人が、真っ青な顔で走ってくる。
何かあれば笛で知らせるはずなんだが。
「おいおい、大丈夫か? 何が……えっ? はっ?」
キミールが心配そうに部下に声を掛けるが、途中で様子がおかしくなる。
見ると、何かを見て目を見開いている。
隣にいるカフィレットも、動きを止めて何かを唖然と見つめている。
なんだと思い、その視線を追うと、
「えっ? ダイアウルフ? それにあれは……」
もしかして、森の神様?
……そうだ、あの姿は……森の中で見かけた……。
いや、まさかそれはあり得ないだろう。
森の神様だぞ?
それがどうして、こんな辺鄙な村にいるんだ?
ないない。
見間違いだ。
見間違い。
そうとう疲れているのかな、俺。
確かにエンペラス国へ行って色々と大変だったもんな。
だから疲れていて当然だ。
そうか、俺は疲れているのか。
「団長、現実逃避は止めてくださいね」
くっそ~。
「してないよ。うん、そんな事するわけないだろ」
「ですよね。団長、どうしますか?」
キミールの言葉に、不安が押し寄せる。
ここで対応するのは俺だ。
団長だからな……もし、不快な思いをさせてしまったら……。
それで怒ってしまったら?
うっ、考えただけで恐ろしい。
「どうして、ここにいると思う?」
緊張で声が震えそうだ。
「それは分かりませんが、森の神様も我々に気付いているようです。あの、こちらから出向いた方がいいのではないですか?」
キミールの言葉にごくりと唾を飲み込む。
そうだよな。
森の神様から来ていただくなんて……。
「行くか」
キミールもカフィレットも緊張しているのか、表情が硬い。
きっと俺もそうだろう。
「あの……」
あっ、部下たちを忘れてた。
心情的には一緒に来て欲しいが、大人数で行ったら不快に思うかもしれない。
「お前たちは、ここで待機。スイル、お前はすぐに王都に向かってくれ。王に、森の神様が村にいる事を伝えるんだ。どうしたらいいかも聞いてきてくれ」
「分かりました」
ふぅ、行こう。
うわ~、膝が震えている。
頼むから躓くなよ。
「すごい魔力ですね」
キミールの言葉に、無言で頷く。
森の神様に近付けば近付くほど感じる、澄んだ綺麗な魔力。
その魔力の強さに体が竦みそうになる。
「この魔力はすごいですね。力強いのに優しいです」
体を包み込むような膨大な魔力にカフィレットが、感動したように言う。
確かにすごい。
まるで、柔らかい風に包まれているようだ。
「そうだな。だが、こちらを威嚇する魔力もあるな」
キミールが言うように、柔らかい風の中に確実にこちらを威嚇する魔力がある。
それも3つ……いや、もう1つあるな、何処だ?
周りを見るが、一番強い威嚇を送ってくる存在は見つけられない。
それに首を傾げながら、小さく息を吸って吐く。
目の前にいるダイアウルフを見ると、我々を睨んでいるのが分かる。
「やばい、足が……」
情けないが、怖くて前に進めない。
だいたいダイアウルフの殺気なんて、対処できるわけがない!
あれ?
威嚇してくる魔力が無くなった?
あっ、森の神がダイアウルフたちに何か言ってくれたみたいだ。
「後ろにいる2匹はフェンリルでしょうか? 何か違和感があるんですが……」
森の神様の後ろにいる2匹。
確かに一見フェンリルに見えるが、キミールの言うように違和感を覚える。
何だろう?
「顔つきはフェンリルなんだけどな」
カフィレットの言葉にキミールが頷くが、やはり何か違うと思ってしまう。
ふと視線を感じて、前を見ると……うわ~森の神様が目の前にいる。
しかし、本当にすごい魔力だな。
これだけ近くにいるのに荒々しさは一切感じない魔力だ。
普通は自分の魔力とぶつかると、何かしらの違和感や痛みを感じたりするが、それが一切ない。
本当に包み込むような優しい魔力。
ただし、その量がすごい。
目の前の人物から勢いよく溢れ出しているのを肌で感じる。
気を抜くと、ふらつきそうだ。
というか、どうする?
こちらから声を掛けていいのか?
……よしっ。
「あの、失礼ですが」
うわっ、目が合った。
というか、なんで溢れ出す魔力が増えたんだ?
何か失敗したのか?
「はい、なんですか?」
あっ、魔力と一緒で優しそうだ。
それにしても、細いし小さい。
いや、こんな事を思っては駄目だな。
それに俺よりか弱そうなのに、この魔力。
きっと、一瞬で勝負はつくんだろうな。
「森の神様でいらっしゃいますか?」
……はっ?
俺は、何を当たり前の事を聞いているんだ!?
「そうだ」
うっ、ダイアウルフからの威圧がすごい。
落ち着け、落ち着け。
「やはり、そうでしたか。お会いできて光栄です」
キミールをちらりと見る。
助けて欲しいんだが……あっ、無理だな。
放心している。
あれ?
森の神様がどこか困っているように見える。
いや、見間違いか?
下手な事は言えないが……だが気になる。
不快に思われないように、えっと。
「森の神様? どうかされましたか?」
森の神様の様子を窺う。
あっ、やはり少し困った表情だ。
聞いて正解のはずだ。
「いや、大丈夫。それと森の神と言われるのはちょっと……あ――」
「主、問題か?」
どこからか聞こえた声に、ぶわりと体が震えた。
これは先ほど感じた4つ目の、一番強い威圧を感じた魔力だ。
ちらりと見ると、フェンリルが森の神様の傍にいた。
この貫禄はきっとフェンリル王だ、つまり森の王。
まさか森の神と森の王に出会えるなんて、嬉しい。
嬉しいが、苛立っているような気がするな。
俺の対応のせいだろうか?
何が駄目だった?
あっ、今フェンリル王は森の神様の事を「主」と呼んだ。
呼び方が違ったのか?
……それ以外に考えられないよな?
「申し訳ありません。森の神様ではなく森の主様だったのですね」
頼む、当たってくれ。
「あぁ、それでいい」
良かった、フェンリル王にお許しを頂いた。
あれ?
森の主様の表情が微妙なんだが、何か問題でもあっただろうか。
魔力も揺れている。
やばい、冷や汗出てきた。
何か分からないが、気を逸らせよう。
「フェンリル王様もご一緒でしたか。森の主様は、なぜこちらにいる……いらっしゃるのでしょうか?」
しまった、焦って言葉遣いが……元々苦手だからな。
今までの会話も不安だし。
「少し探し物をしているんだ」
良かった、気にしてないな。
それにしても探し物?
その探し物を手伝えば、国への印象はよくなるか?
「あなた方は、何者ですか?」
えっ、俺たち?
キミールとカフィレットを見ると、2人は首を横に振る。
……挨拶をし忘れたのか?
「俺は、あっいえ。私はエントール国、第3騎士団団長ダダビスと言います。後ろにいるのは副団長のキミールと補佐を務めるカフィレットです。ご挨拶が遅くなり申し訳ありません」
何をしているんだ、俺は。
印象を良くしようと思ったのに……はぁ。
「話し方はもっと気軽に。畏まられるのは苦手なので」
えっ。
いや無理です。
希望には添いたいけど……隣にいる森の王であるフェンリル王が怖いんですが。
反対側のダイアウルフもすごい顔をしているんですが。
でも主様の希望だし……でも、両サイドが怖いし……。
「しかし、あっいえ……分かった」
森の王たち、どっちなんですか?
気にいらないという顔をしていたのに、断りそうになったら殺気立つなんて!
「主、探している場所は見つかったのか?」
そう言えば、探し物が何か訊くのを忘れているな。
どうやら想像以上に、気持ちに余裕が無いようだ。
まあ、あるわけないけど。
「何を探しているのでしょうか。あっ……何を探しているんだ?」
またやってしまった。
ダイアウルフが怖い。
あの睨みで心臓止まりそう。
後ろにいるはずのキミールとカフィレットをそっと窺う。
あっ、駄目だ。
役に立ちそうにないな。
はぁ、頑張ろう。




