01.第三騎士団ピッシェ
―エンペラス国 第三騎士団 ピッシェ視点―
封筒から1枚の紙を取り出すと「辞令」という文字が目に入った。
心臓がドキドキとうるさく鳴っているのが分かる。
ふ~、よしっ、見るぞ!
「……よっしゃ!」
辞令内容が目に入った瞬間、ガッツポーズを作ると手の中で紙がクシャっと音をたてた。
「うわっ、大切な辞令書が」
慌ててよれた紙を綺麗に伸ばして、もう一度辞令書を眺める。
そこには「特別調査部隊」への異動が決定したことが書かれてあった。
「ピッシェ? ……まさか、それって辞令書か?」
俺の様子を見た同僚アッピが、驚いた表情を見せる。
「おう。『特査』への異動が決まった」
特査とは、森の調査のために組まれた新しい部隊「特別調査部隊」の事だ。
前王の時代は第四騎士団が森の調査を請け負っていたが、その目的は主に侵略のため。
今の王に代わり森の調査の目的が大きく変わったため、専門の部隊が作られた。
そして数週間前から異動希望者が集められていたのだ。
この特別調査部隊は、森の調査をしつつ森の王や森の神に、王の「謝罪」を伝える事が任務となる。
森の神がいるであろう、最奥に足を踏み入れる事は許されていないため決してしないが、それでもある程度は森の奥へ足を踏み入れる事になる。
その分、強い魔物が現れることが予測され、決して安全な任務ではない。
が、その危険を知った上で多くの騎士達が異動を希望した。
俺もそうだが、彼らも「もしかしたら森の神をこの目にする事が出来るかもしれない」と思っているのだ。
もちろん森を侵略しようとしたエンペラス国の俺たちに、会ってくれるとは思ってはいない。
ただ遠くからでもいい、あの圧倒的な力を持つ存在を一目見たいと思ってしまったのだ。
「まじか! 羨ましい。いいな~。俺は駄目だった」
アッピが、羨ましそうな表情で辞令書を見る。
「悪いな。だが、まだチャンスはあるだろ?」
森へ行ったとしても、すぐに森の王達に謝罪を伝えられるわけではない。
遠くから見る事も、許されないかもしれない。
謝罪を伝えても、許されない可能性もある。
許されたとしても、長い時間が掛かる事も考えられる。
王は全てを理解したうえで「何年掛かろうと諦める事は無い」と、断言した。
だが、森での任務は過酷である事が予想され、騎士達が疲弊すれば命の危険につながる。
それを防ぐために、隊員はある程度の期間任務に就いたら入れ替わることが決定した。
なので、今回選ばれなくてもまだチャンスはあるのだ。
「そうかもしれないが……はぁ」
目の前で落ち込んでいるアッピには悪いが、ものすごく嬉しい。
喜びに叫びだしそうな口を片手で押さえて、もう一度辞令書を見る。
「ピッシェ・ロングラに特別調査部隊への異動を命じる」の文字が見えた。
「にやけすぎだろ」
アッピの一言に笑みが深くなる。
「あはははっ、やばい。笑えてくる」
「まぁ、そうなるよな。それでいつから異動するんだ?」
「この辞令書には、何も書いてないからまだだと思う。それに、特査の隊長もまだ決まってなかっただろ? それが決定してから異動だろ、たぶん」
「隊長か……噂では、獣人が隊長になるんじゃないかって話だけどな」
「それは俺も聞いたが……本当なのか?」
隊長が獣人であっても問題はないと言いたいが、少し蟠りがある。
小さい頃に「獣人は人になり損ねた出来損ない」だと教わった。
「奴隷になって当然」なんだと、親からも周りからも幾度となく教えられてきた。
ずっとそれが俺の中での真実だった。
だが、それは間違いだった。
獣人は、そもそも人とは異なる種だったのだから。
頭では理解しているのだ、あの教えは間違いだったと。
だが、長年思い込んでいた事を急になしには出来ない。
心が追いついていないんだと思う。
こんな状態の俺が、獣人の下で命を懸けて任務をこなせるだろうか?
特査に異動できるのは嬉しい。
でも、隊長が獣人になるとか、考えた事も無かった。
「猫の獣人じゃないかっていう噂もあるな」
「そうなのか? それは初めて聞いたな。猫の獣人か……」
森での任務は、たった1つの連絡ミスが命取りになる。
だから、隊長や隊員達との関係はとても重要となってくる。
猫の獣人が隊長になって、俺はその人物にどう接したらいいんだ?
そもそも、獣人たちは俺たちを恨んでいないのか?
「あ゛~」
「うわっ、びっくりした。ピッシェ、急に叫ぶなよ」
不意に大声を上げた俺に、アッピが驚いた声を出す。
悪いと思うが、どうも気持ちが落ち着かない。
「あのさ、第一騎士団は既に獣人達が一緒に仕事をしてるんだよな?」
第一騎士団は今のエンペラス国の王、ガンミルゼ王がいたところだ。
その第一に獣人が入団するとわかった時、騎士団全体に衝撃が走った。
なぜなら第一騎士団は王の警護という重要な役目があるからだ。
貴族の中には反対する者もいたというが、王は決してその決定を覆すことは無かった。
「あぁ。もう半年以上一緒に仕事をしているな」
「初めの頃は色々噂もあったけど、最近は減ったよな。アッピは何か聞いてないか? その人と獣人の関係とか、仲間としてどうなのかとか……」
なんか俺、嫌な奴だな。
どんな話が聞きたいんだ?
仲間として仲良くやっているという話が聞きたいのか?
それとも、上手くいっていないと聞きたいのか?
「俺さ、元は第四にいたのは知ってるよな?」
アッピの言葉に首を傾げる。
「あぁ、聞いているがそれがどうしたんだ?」
「第四と第一の団長って仲が良かったんだよ」
「そうらしいな」
前王がまだいた時、第四は大きな失敗をして全員処刑される可能性があったらしい。
それを第一の団長が止めたという噂を聞いた事がある。
どこまで本当なのかは分からないが、俺はその噂は嘘だと思っている。
前王が、誰かの話を聞いて意見を変えるなんて想像できない人物だからだ。
でも、第一と第四の団長の仲が良かったのは、有名な話だ。
「だから、第一の団員達とは今も会ったら話をしたりする仲なんだよ」
「そうなのか? あっ、もしかして第一の獣人に会った事があるのか?」
「会った事というか、獣人達とも普通に話す仲だよ。それに最近は、時間が合えば獣人達の訓練にも参加させてもらっているんだ。俺、弱いからさ」
はっ?
「えっ? そうなのか? というか、アッピは弱くないだろ?」
アッピの予想外の言葉に、少し唖然としてしまう。
話をするのは分かるが、獣人たちと特訓?
「ピッシェは、俺の事を弱くないと言うが、強くもないだろ? まぁそれは良いんだが、獣人達と付き合ってみて思ったんだ、普通だって」
「普通?」
どういう意味だ?
何が普通なんだ?
「会って話す事と言えば、何処の店に可愛い人がいたとか、失敗して怒られたとか、休みが待ち遠しいとか、彼女と喧嘩したとか。普通なんだよ」
確かに普通だな。
なんかもっと、違う事を話しているのかと思ってた。
「種は違うし見た目も違うけど、同じところもある。だから隊長が獣人になったとしても、そんな身構える事は無いと思うぞ。それに同じ騎士団の仲間だろ。王を守り王が治めるこの国を守る。目的は同じだからさ」
「同じ?」
「あぁ、一緒に特訓してる奴らが話してたよ。守ってもらったから、今度は俺たちが守るって。きっとガンミルゼ王の事だと思う」
アッピの言葉に、顔が少し赤くなる。
「騎士は王を守り、王の治める国を守る」と、騎士になった時に宣誓する。
獣人も騎士になったのだから、この宣誓をしている。
なのに俺は……獣人というだけで、守らないのではとひねくれた見方をしてしまった。
「悪い。なんか……」
恥ずかしいな。
「蟠りがあるのは仕方ないよ」
仕方がない?
……消す必要はないのか?
「それはきっと時間が解決してくれる」
アッピの言葉に、心に有った重い何かが少し軽くなった気がした。
「……ずっと後ろめたかったんだ。知らない事も罪だろ?」
俺の言葉にアッピは神妙な表情で俺を見る。
「知らない事じゃなくて、知ろうとしなかった事は罪だと思う」
奴隷だった獣人の事を、俺は知ろうともしなかった。
ただ、与えられた事だけを信じた。
それが、どれだけ愚かな事なのか、今なら分かる。
「俺もそうだよ。だから今、知ろうとしてる」
アッピは微かに笑みを浮かべる。
「遅くないと思うぞ、今からでも」
「……そっか」
獣人達の真実を知った後に、蟠りが残った。
その感情は駄目なんだと、何度も思い込もうとした。
でも、どうしても消えてくれなくて。
彼らの事を知れば知るほど、自分がどれだけ無知だったのかを知った。
そして、知ろうとしなかった過去の自分が恥ずかしかった。
あっ、……なんだ、俺は自分の不甲斐なさを認めたくなかっただけか。
「みっともないな、俺」
「あはははっ。確かにな」
アッピがバンと背中を叩いた。
「いてっ」
睨むと、笑われた。
「特査に行くんだ、気を引き締めて行けよ」
「そうだな。隊長にも頼ってもらえるように頑張らないとな」
ゆっくり更新していきます。
よろしくお願いいたします。




