4話 光
主の性格がだいたいわかってきた。
細かいようで大雑把。
そして無茶苦茶強い。
たぶん想像できないぐらいだと思う。
本人、知っているのか知らないのかは、よく分からないけど。
そしてすごく仲間思いで優しい。
「おはよう!」
ウサの言葉に、軽く頭を下げて挨拶を返す。
ウサは犬の獣人らしく、元奴隷だと聞いて驚いた。
その奴隷から解放してくれたのが主らしく、すごい尊敬しているし大好きなのが見ていて分かる。
同じ元奴隷のクウヒもウサに負けないぐらい主が好きみたいだ。
「ヒカ兄ちゃん、おはよう」
元気な声と共に、俺の体がひょいっと空中に浮かぶ。
前を見ると、盛大に廊下を滑っていく男の子。
名前は風太。
俺と同じように、主に引き取られた子供の1人だ。
それよりも、体が空中に浮いている。
天井を見ると、俺を糸で持ち上げてくれた子蜘蛛の姿があった。
「風太。光はまだしっかり立てないんだから、後ろから飛びついたら駄目だろう?」
「あっ!」
クウヒの言葉に、慌てて立ち上がって俺を見つめる風太。
目がぱちくりしてて可愛い。
なので、大丈夫という気持ちを込めて頷く。
「光、ちゃんと怒らないと」
なぜかクウヒに怒られた。
怒るなんて……。
「まだ、無理か」
「私たちだって、時間が掛かったよね」
クウヒとウサが空中からおろされた俺に手を差し出しながら言う。
2人に支えられながら立つと、首を傾げる。
時間とは何だろう?
「行こう、朝ごはん出来てるよ」
クウヒが俺を支えるように手を持ってゆっくりと歩き出す。
それに小さく頭を下げて、1歩1歩歩いて行く。
皆に紹介してもらってから、1ヶ月。
俺の体はそうとう弱っていたのか、なかなか歩くことが出来なかった。
両足で立って1歩、足が前に出た時は泣いてしまった。
それからも皆がリハビリに付き合ってくれて、ゆっくりとだが歩けるまでに回復した。
主が引き取った子供たちは俺も含めて8人。
7人は俺より小さくて8歳だと聞いた。
でも、俺より体力があって力もある。
主が言うには、7人の子供たちの力は神力とも魔力とも違うらしい。
まだまだ不安定だから、目が離せないと言っていた。
「おはよう」
「おはようございます」
リビングに入ると、あちこちから声が聞こえてくる。
部屋を見渡すが主がいない。
それにちょっと落ち込む。
何となく、いないと落ち着かない。
「おっ、おはよう。体の調子はどうだ?」
ポンと乗せられた重みに、パッと視線を後ろに向ける。
「どうした? どこか、痛みがあるのか?」
主から感じる暖かい風に笑みが浮かぶ。
首を横に振って、頭を下げる。
「大丈夫ならいいんだ。しっかり食えよ」
キッチンへ行くと、クウヒの隣の椅子に座る。
座ってから1分ほどで、テーブルの上に朝食を並べる1つ目たちは本当にすごい存在だと思う。
「「「「「いただきます」」」」」
主たちと一緒に手を合わせて、心の中で「いただきます」というと温かいスープから食べ始める。
しっかり形の分かる野菜と肉が入ったスープは、体が温まるし味もしっかりついていて美味しい。
皆と一緒の食事が出来るようになるまで3週間かかった。
最初は、胃に優しい味の薄い水みたいな物。
少しずつ味は濃くなったけど、なかなか固形物が出てこなかった。
なので、大きめの野菜と肉が入ったスープが出てくると、ついつい笑みが浮かんでしまう。
食事が終わると、ゆっくりと皆でお茶と果物を楽しむ。
「光」
主の言葉に、果物を食べていた手を止める。
「今日の午後、アイオン神が来ると連絡があったんだ。話がしたいらしい、大丈夫か? いやなら断っても問題ない。心配することは無いからな」
アイオン神というのは、主に頻繁に会いに来る神の名前だ。
いつもは主や龍たちとだけ話すのに、俺も一緒?
もしかして、ここから追い出されるのかな?
音が消え、目の前が暗くなりだす。
「光! 光はこの世界の住人で俺の家族だ」
主の『家族』という言葉が耳に入る。
「?」
「いいか、光。光は俺の大切な家族だ。ウサやクウヒの家族でもある」
主の言葉に、隣に座っていたクウヒが「そうだぞ」と頷く。
「そんな大切な家族を追い出すわけがないだろう」
あっ、俺の不安を知っていたんだ。
「アイオン神は光にずっと会いたいと言っていたんだ。確かめたいことがあるからと。それをずっと断っていたんだが、煩いから1回だけでいい、会ってやってくれ。どうしても無理なら、追い返すから問題ない」
追い返す?
神様を?
「光は心配するな。光が会いたくないなら、あんな奴はすぐに追い出してやる!」
そう言って、俺の頭に顔を乗せる風龍の水色。
視線を背後に向けると、頭から顔を上げて俺を見る水色の澄んだ綺麗な瞳があった。
口を開くが、声が出ない事を思い出し口を閉じる。
こういう時、話せたならと思う。
ちゃんとお礼が言いたい。
「会えそうか?」
主の言葉に頷く。
「分かった。悪いな」
それには首を横に振る。
それから、広場で皆の特訓の様子を見る。
いつか、あそこに交じって強くなろう。
皆に恩返し出来るように。
「雷、翼、紅葉! 火魔法は力加減をしっかりしないと駄目だぞ」
主のため息を隣で聞きながら、笑ってしまう。
子天使と一緒になって空中に飛びながら、地面に向けて火の球のようなモノを連続で落としている3人。
その下では親蜘蛛たちが、火の球を木の棒のようなモノで打ち返している。
「まったくあいつらは」
「随分と飛ぶのが上手くなったな」
主とよく一緒にいるコアが、主の足に顔を乗せて寝そべると主がゆっくりとコアの頭を撫でる。
一緒に来たチャイがそれを見て、少し不貞腐れた表情をする。
「コア、チャイが拗ねてるぞ」
「拗ねてはいない」
チャイはそう言うが、表情を見ると不服だとすぐにわかるほど険しい顔をしている。
しかも、声のトーンが低くなっているので心情が丸わかりだ。
「ふっ」
コアが小さく笑ったのが分かる。
主は何も言わず、ただコアの頭を撫でる。
コアの近くに座ったチャイの前足が、コアのお腹に乗る。
そっと視線をずらし、雷たちを見る。
今のチャイを見たら、笑いが止まらなくなりそうだ。
「ん? 来たな」
主の視線が空に向かう。
「はぁ、またあ奴か。懲りないな」
コアのため息交じりの声。
それに笑う主。
「そう言ってやるな。ここには愚痴を言いに来ているようなものだ。今日は、光に会うという理由もあるが」
「光。会うのか? 面倒くさいなら、攻撃してやるぞ」
コアに慌てて首を横に振る。
ここにいる皆は、神様をちょっと小ばかにしているような気がする。
きっと俺の知らない事があるのだろうけど、大丈夫なのかと心配になる。
「コアは過激だな」
主は笑っているが、コアの目は本気の目だ。
広場の隅に光が集まると、神様の姿になっていく。
「真中に堂々と姿を見せればいいのにな」
「あはははっ」
コアの言葉に主が笑う。
神様がここに通い始めの頃、広場の真中に登場したことがあると聞いた。
そしてなぜか、広場に居た者たちから一斉攻撃をされたそうだ。
「敵だと思った」と皆が主張したらしいが、神様は俺でも分かるほど独特の気配を持っているからな~。
きっと、二度と広場の真中には現れないだろう。
「光」
主の言葉にコアが主の足から顔を上げて、「ぐるっ」と喉を鳴らす。
「大丈夫だって」
コアの頭を撫でて立ち上がると、主の手が俺の手を掴む。
「行こうか」
俺の歩くスピードを見ながら、ゆっくりと歩く主。
記憶の中で俺は、15歳だった。
なのでクウヒたちは弟や妹の感覚なのだが、主と手を繋ぐのはちょっと恥ずかしい。
「久しぶりだな。元気だったか?」
「2週間前に、仕事をさぼって来ていたのは気のせいかな?」
アイオン神の言葉に、笑顔で返す主。
何だろう、寒い?




