2話
あれから何度か目が覚めた。
その度にあの一つ目と呼ばれる子たちが傍にいた。
目が覚めたと分かると手を振ってくれたり、ペタペタと顔に手を当てたりしてくれた。
なぜか、嬉しかった。
ずっと1人、暗い場所にいたからなのかな。
ここがどこかは分からないし、これからどうなるのか分からないけれど嬉しかった。
少しずつ体を動かすことが出来るようになっていく。
最初は手、次に肩まで動くようになって。
体を起こそうとすると一つ目たちが手伝ってくれた。
綺麗に整えられたベッドに寝ていると気が付いたのはこの時。
周りを見ると、不思議な空間だった。
あの暗い怖い部屋とは全く違った明るい部屋。
でも、記憶にある病院とも違うと感じた。
「…………?」
『ここはどこだろう?』と声に出したつもりだった。
なのに声が出ない。
口を何度もぱくぱくと動かす。
でも、ヒューヒューと何か嫌な音がするだけ。
怖くなってギュッと手を握り締める。
「大丈夫? 今主が来るよ」
「どこか痛いところでもありますか?」
2体の一つ目たちが俺の手を両サイドからギュッと握ってくれる。
一つ目たちは岩のようだなと思っていたけど、意識がはっきりして驚いた。
本当に岩だった。
ごつごつした肌触りで冷たいのに、温かいと感じた。
「凄いな、もう起きあがれるのか。ん? どうした? 何かあったのか?」
あたたかな風で包み込んでくれる男性が来た。
話したいと思った。
なのに声が出ない。
口をパクパク動かしてみるが、ヒューヒューと空気が出ていくだけ。
「もしかして声が出ないのか?」
男性の質問に頷く。
「そうか。ちょっと体に触るな」
男性がそっと俺の頭に手を置く。
そして、ふわっと体の中を何かが通り過ぎたのが分かった。
「ん? どこも問題ないみたいだな。ということは心かな」
よく分からないが、声が出ない原因を探してくれたみたいだ。
俺はどうなるの?
話せないと分かったら不要な者として捨てられる?
じっと男性を見る。
「大丈夫。話が出来なくても気持ちを伝える方法なんて色々あるし。ここにいる者たちは俺のせいでなれてるし。皆良い方に勘違いしてくれるしな。うん。気にするな」
どう言う意味だろう?
良い方に勘違いって何だろう?
とりあえず、捨てられないのかな。
「ゆっくり心を癒していったらいいよ。そうしたらまた話せるようになるだろう。焦る必要はないよ。俺なんて1年以上意思疎通が出来ない状態だったからな~」
男性も話せなかったのかな?
意思疎通が出来ないってそういう事だよね。
だったら、捨てられないよね。
グッと男性の手を握る。
「ん? 何か心配事か?」
「目が覚めたの?」
「あるじ~、目が覚めたって聞いたよ~」
「煩くすると子供に負担がかかるだろう。落ち着けお前たち!」
なんだ?
男性が来た方向を見るが、誰もいない。
不思議に思って男性を見ると、上を向いている。
つられて上を見て、一気に血の気が引いた。
3匹の巨大な蜘蛛が天井にいた。
怖い。
握っていた男性の手に力を籠める。
俺はもしかしてエサなのか?
「ん? あっ、大丈夫。彼らは仲間だ」
殺されるのか。
やっぱりここも怖いところなんだ!
「大丈夫」
腕を引っ張られてギュッと抱きしめられる。
そして背中を一定のリズムでやさしく撫でられる。
「怖がらせてごめんな。あの子たちは仲間なんだ。だから君に何かすることはない」
「怖がらせてごめんなさい。目が覚めたって聞いて様子を見たかったんだ。皆心配しているし」
「そんなに怖がらないで」
「怖くないよ~。元気になったら一緒に遊ぼう」
ぶらーんと天井からぶら下がる蜘蛛たち。
正直、怖い。
でも、よく見ると何だか怖さが薄れていく。
なぜだろうと思っていると、蜘蛛たちの目が優しい事に気が付く。
巨大な蜘蛛だから怖いけど、目は怖くない。
不思議な存在。
「こいつらは子蜘蛛たちだ」
こ蜘蛛?
その『こ』ってどういう『こ』だろう。
まさか『子供』という意味ではないよね?
「ん? どうした?」
えっと、どう伝えればいいんだろう。
蜘蛛たちを指して、大きさを両手を広げることで伝えてみる。
「あぁ大きさか?」
伝わった!
何度も頷く。
次はどう伝えればいいんだ?
えっと、「『こ』とは『子供』という意味ですか?」なんてどうやったら伝わるの?
「大きさを質問したわけではないよな。そうだ、親蜘蛛たちはもっと巨大なんだ。子蜘蛛たちの5倍以上ある親蜘蛛たちもいるからな。元気になったら乗せてもらって森を散歩してきたらいい」
親蜘蛛?
という事は、本当に子供という意味の『子』なんだ。
っていうか5倍以上?
そんな大きいの?
「あれ? 何か知らないけど解決した?」
男性に何度も頷く。
「そうか、よかった」
子蜘蛛たちを見る。
天井からぶ~らぶ~ら。
うん、怖くないな。
「ん~、やっぱりジェスチャーで伝えるのは難しいよな! 以心伝心で意思の疎通ができないかな?」
以心伝心?
「どうした? 以心伝心がわからないか? 心で思ったことを伝える事……だったはずだ。あれ? 間違った? いや、以心伝心でいいよな。うん、大丈夫だろう」
心で思ったことを伝える?
だったら、話せなくても俺の言いたいことが伝わるのかな?
「魔法を掛けてもいいか?」
魔法を?
俺の体に掛けるの?
正直、怖い。
でも、俺の言いたいことが伝わらないときっと困るよね。
「主、先ほども魔法を掛けていませんでしたか?」
そうだよ。
さっき体を調べる為に、魔法を掛けたし大丈夫だよね。
「さっき? あれは魔法を体に通しただけだろう? 掛けたとは言わないだろう」
「そうでしたか」
さっきの魔法とは違うのか。
ギュッと手を握って頷く。
痛くないといいな。
「じゃ、掛けるな。えっと、糸電話をイメージしてみたらいいかな……よし! 以心伝心」
男性から何かが俺に向かってくるような気配を感じた。
これが魔法なんだろうか。
さっきは体を通り抜けたのに、これは体の中に入ってくる。
怖い!
「あれ?」
男性の戸惑った声に、ギュッと閉じていた瞼を開ける。
「えっと、何か考えて俺に伝えようとしてくれる?」
何かを考えて伝えようとする?
『ありがとう』
伝わって、伝わって。
どう?
視線で問うと、男性は首を傾げる。
「どうやら失敗したみたいだな」
えっ、失敗。
俺のせいだ。
もっとちゃんと伝えようとすれば、もう一度今度は強くギュッと瞼を閉じると。
ポンと頭に温かい体温を感じた。
閉じた瞼を開けると、やさしい笑顔をした男性。
「ごめんな、俺が失敗したみたいだ。さっき魔法を掛けた時に手応えが感じられなかったんだよ」
男性のせい?
俺じゃないの?
「君のせいではないよ。そんなに泣きそうな顔しないでくれ」
「大丈夫? どこか痛いの?」
「俺たちで出来ることがあったら言ってくれ。手を貸すからな!」
天井からぶら下がっている子蜘蛛たちが心配そうに俺を見ている。
一つ目たちも俺をじっと見て、心配そうだ。
視界が滲む。
「「「あっ」」」
何だろう、周りが慌てているのがわかる。
でも、どうしてだろう。
周りが滲んでよく見えない。
目も悪くなっちゃたの?
「頑張ったな。もう大丈夫だ。好きなだけ泣いていいぞ」
そうか、俺泣いてるんだ。
男性が少し強めにギュッと抱きしめてくれた。
あとから、あとから出てくる涙。
背中に少しひんやりした冷たさを感じた。
きっと一つ目たちだ。
どれくらい泣き続けたのか呼吸が少し苦しくなる。
「大丈夫、ゆっくり深呼吸して。吸って、吐いて。吸って、吐いて」
声に従うように深呼吸を繰り返す。
しばらく続けていると、意識がふっと遠くなる感覚がした。
「ゆっくり休め。起きたら仲間たちを紹介するな。ちょっと個性的だけど、皆優しいから」
仲間たちがいるんだ。
楽しみだな。




