番外編 卵の中のケルベロス
「目を覚ませ~!」
「いつまで寝てやがる。この馬鹿!」
「うるさぃ……」
耳元で叫ぶな、俺はまだ眠いんだ。
なんだかものすごく疲れているんだ。
俺には、まだ休息が必要なんだ。
「馬鹿か~」
「あほか~」
なんでこんなに貶されているんだ?
ここはちょっと黙らせるべきか?
「周りを見ろ、敵だらけだぞ!」
「そうだ! そうだ! 神獣とか良く分からん奴らがうじゃうじゃいるところで、どうしてのんきに寝ていられるんだ!」
神獣が何だって?
そんなもんこの魔界にいるわけないだろうが。
馬鹿なのかこいつ等。
……………………………………神獣?
そういえば、ものすごく身近に感じたことがあったような。
「あ~~~!」
「ようやく目を覚ましたかこの馬鹿が」
「寝ている間に殺されるところだったぞ。だが、これで何とか出来るな」
煩いなこいつ等。
欠伸をしながら、周りを見る。
まだ硬い殻で守られているようだ。
しかしよく見ると、厚みがあったはずの殻は随分と薄くなっている。
それは、俺たちに力が戻ってきているからだろう。
この殻にはある特徴がある、外からは中は見えないが中からは外が見える。
そしてその見え方によって殻の厚さが量れるのだが、外を綺麗に見せる殻の状態から殻が割れるまであと少しというところだ。
寝ると言うか力を使い切って意識を失う前の事を思い出す。
確か、神獣の1匹に俺が見た記憶を送り込んだはずだ。
あれは上手く使ってくれただろうか?
周りを見る。
……不思議な力を持つ子供が増えている。
あれは人間とは違うようだが、何だ種族が分からん?
それにしても、神獣が多い。
いや、違う。
あれは神獣ではないようだ。
だがあの力の強さは、神獣と間違われてもおかしくないほどだ。
というか、この周辺に居る者たち全員がすごい力を持っているのだが、どうなっている?
寝る前は……朦朧としていて覚えていないな。
ん?
俺たちの居る空間に入って来たこの気配は、見守ってくれていた神獣か?
あれは龍の形をしているのだから神獣で間違いないよな?
しかし、前も思ったがかなり小さいな。
神獣とはもっと大きく威厳があったような気がするが。
「おい、あれ神獣だよな。なんであんなに小さいんだ?」
「魔力が弱いんだろうよ。それより、どうやってこいつらを倒す?」
「倒す必要が何処にあるんだ?」
「何をのんきな事を言っているんだ! 逃げるなら倒す必要があるだろうが!」
「はっ? 逃げる?」
「そうだ。俺たちのことを殺すかもしれない場所になんて、居られないだろ!」
この2匹、相当頭が弱いな。
今、生きている事で殺すつもりがないと分かりそうなのに。
「殺すならとっくに殺しているだろうが、今生きているということは殺さないと言う事だ」
「確かに?」
「いや。俺たちが作りだした殻が強くて、攻撃を跳ね返したのかもしれないぞ」
「なるほど」
……なんでこんな奴らと一緒なんだ?
この馬鹿2匹の面倒を、俺が見るのか?
もう挫けそうなんだけど。
「周りの奴らの力をちゃんと見ろ。言っておくがこんな殻、一発で砕くだけの力があるからな」
「「えっ!」」
慌てて周りにいる者たちに視線を走らせる2匹。
本当にこれは俺が面倒見る羽目になりそうだ。
大きなため息が出そうになった時、全身に震えが走った。
ものすごい力がこちらに来ている。
「「ひっ!」」
さすがの2匹も気が付いたようで、怯えた声を出した。
というか、この2匹もしかしてかなり怖がりか?
頭が弱くて怖がり?
……体を共有している事を恨みたい。
「なんだよあれ!」
「化け物がいる」
「黙れ!」
というか、何だあの力は。
いや、この力どこかで感じた覚えがあるような……どこでだ?
殻の外に視線を走らせると、入口と思われる場所から人の姿をした何かが入ってくる。
その瞬間、その者からあふれる力が部屋全体を覆い、どんな力も通さない殻にスーッと染み込んでいく。
「うわっ、なんか殻に染み込んだ!」
「なんでだよ。割れてないよな? ヒビでも入っているのか?」
違う。
力が強すぎるからだ。
あれ?
でも力が染み込んだのに苦しくない。
真逆の力に触れると、苦しくなるはずなのに。
ということはあの者はこちら側の者?
つまり魔族?
でも、ここには神獣がいる。
彼らを見ても苦しそうではない。
神に仕える者にも魔王に仕える者にも苦しくない力?
そんな力、知識の中にないのだけど。
「なぁ」
「ちょっと黙れ」
今、考えている最中なんだから静かにしてくれ。
「おいってば」
「だから!」
「あの凄い力、俺たちにも入ってきてないか?」
「はっ?」
得体の知れない力を全身で感じとる。
確かに体にゆっくりゆっくり染み込むように入り込んでいる。
「なんだか体が軽くなったな」
「あぁ、気持ちがいいな」
「……そうだな」
そう言えば、力が足りなくなって意識がなくなっていたんだった。
覚えていたはずなのに、今はっきりと認識した。
……体の中の力を調べる。
今のところ、8割ぐらいの力が元に戻っている。
あの者の力は何なんだろ?
体に染み込んでいるのに攻撃をしてこないということは魔族だと思いたいが、感じた力が綺麗すぎる。
でも綺麗な力は俺たちに害を及ぼすはずなんだが……。
分からん。
「おはよう。3匹とも目が覚めているのは初めてだな」
「「「はっ?」」」
どうしよう、俺も2匹のように頭が弱かったかもしれない。
殻は外からは中が絶対に見えないはず。
そう見えない…………なのに3匹って。
なんとなく、前足をあげて左右に振ってみる。
「今日は反応してくれるんだな」
そう声が聞こえると手を振りかえしてくれた。
間違いなく、俺たちが見えている。
「主、何をしている?」
俺たちを見守ってくれていた神獣が、俺たちに手を振っている得体の知れない者に声をかけた。
主と呼ばれているのか。
俺たちも主と呼んだ方がいいのか?
……きっと呼んだ方がいいんだろうな。
「3匹、全員が目を覚ましているんだ。それに俺に向かって前足を振ってくれた。可愛いよな」
か・わ・い・い?
「コイツ目が悪いのか?」
「そうだろう、俺たちを見て可愛いなんて言う奴はいないぞ」
当たり前だ、眼は吊り上がっているし口もデカく、牙も鋭い。
そんな俺たちを可愛いと言う奴は魔族の中でもいない。
「主は殻の中が見えるのだったな。それにしても、眼は大丈夫か? ケルベロスが可愛いなどおかしい」
神獣の奴が心配しているじゃないか。
「いや、眼は問題ないから」
眼は大丈夫なのに俺たちが可愛い?
「ところでこのケルベロスって卵から孵ったら、どうしたらいいのだろうな? 戻りたいって言われたらまぁ、頑張るけど。このまま居てくれないかな~」
「「「ん?」」」
もしかして俺たちの先のことか?
そうだよな、このままいったらこのよく分からない空間で殻が割れることになる。
ケルベロスの卵が魔界以外で割れたと言う知識はない。
つまり……どうしたらいいんだ?
それにしても今の話の内容を聞く限り、俺たちの事を友好的に見てくれている。
それは本当に助かるな。
目の前の奴だけは敵に回すなと、本能が告げているからな。
「どうする! どうする! 俺たちを殺す算段を話し合っているぞ!」
「やっぱり俺たちを殺すつもりなんだ!」
「…………………………黙れ! 今の話を聞いてどうしてそうなる!」
「「えっ?」」
もうやだ、本当にヤダ。
「喧嘩しているみたいだけど大丈夫か? 仲良くしろよ。せっかく一緒に産まれてきたのだから」
あ……主、なんだか照れるな。
「ふぅ、主。そう言うがこいつらの面倒を見るのかと思うと先が思いやられるのだ」
あっ、まだ殻が邪魔をして話は出来なかったんだ。
やっちまった。
隣を見ると2匹が怪訝な表情で俺を見ていた。
「なんだか3匹の中の1匹の雰囲気が暗いんだけど。まだ力が足りないのかな?」
「そうかもしれん。死ぬ直前まで力が枯渇していたからの」
小さい神獣がそう言うと主と呼ばれる者が俺たちの卵をそっと撫でて。
俺自身が直に撫でられたわけではないのだが、ふわっと優しい力が体を撫でていく。
ふわふわふわ。
「「「…………これ、きもちいぃ」」」
だめだ~。
このふんわりした力で撫でられると全身から力が抜けてしまう。
主は知識の中にあるどの者たちより強者だ。
撫でるだけで力を奪うのだから、それにしても気持ちがいい。




