67.どうなっている?……お前か!
「言葉がどうかしたのか主」
コアとチャイが心配そうに聞いてくる。
おかしい。
なんで2匹とも普通なんだ?
さっきの俺のように、気が付いていないだけか?
「コア、チャイ。俺と会話していることを不思議に思わないか?」
2年近く一緒にいて、ずっと意思を伝える事では苦労してきた仲間だ。
切っ掛けがあれば気が付くだろう。
「かいわ? あぁ、会話のことか。我は何も感じないが、どうかしたのか?」
えっ?
何も感じない?
「俺とコアは、今初めて会話を交わすよな?」
「主、大丈夫か? 今が初めてなわけがないではないか。今までの事を忘れたのか?」
なんだって?
今までの事?
「……チャイもか?」
「あぁ、コアの言っている通りだ。本当に、どうしたんだ? もしかして誰かに洗脳でもされたのか?」
2匹の心配そうな表情。
彼らの様子から嘘を言っているようには見えない。
……俺の記憶がおかしいのか?
いや、そんなはずは。
なら洗脳された?
「ちがう。そんな事されていない」
ふぅ~、落ち着け。
焦ってもいい事はない。
そうだ、最初に話したのが今でないとしたらいつだ?
「コアと最初に話したのっていつだったか、覚えているか?」
「最初? ……森の中であった時であろう? 確か、我が後ろから怒鳴りつけたのだったな」
確かに、最初に森で遭遇した時コアは俺の後ろにいた。
そして唸り声をあげられた。
だが、あの時に会話は出来ていない。
どうなっているんだ?
同じ記憶なのに、会話の部分だけがずれている。
「主?」
主?
……そういえば、主と呼ばれているな。
ハハハ、なんで今頃それに気が付いたんだ?
さっきから皆、俺のことを主と呼んでいる。
俺も違和感を覚えることなく、自分のことだと受け止めていた。
そんな風に今まで呼ばれた事なんてないのに……なんだよ、これ。
背中にひやりとしたモノが走る。
「主? 大丈夫か? 顔色が悪いが」
落ち着け。
「大丈夫、悪いな。少し混乱したみたいだ」
何かが起こった事は、わかった。
洗脳の可能性がある、だがどちらにだ?
今までの事を考えると、俺以外に会話出来ることについて疑問を抱いている者はいないように思う。
つまり、俺の記憶が間違っているという事か?
……頭が、おかしくなりそうだ。
少し、この問題はおいておこう。
まずは先ほどの問題からだ。
「ところで、コア達はさっきの現象が何か分かるか?」
そうだ、さっきの光と音。
あの後から会話が成り立っているのだから、アレが原因なのだろう。
あれで、全員が洗脳された?
もしくは、俺だけが洗脳された?
いや、洗脳だと決めつけるのは駄目だ。
「あのような現象は初めて見る。申し訳ないな主」
コアが少し落ち込んでしまう。
そんな事は、気にしなくてもいいのに。
「気にするな、コアは悪くないからな。……少し今までと違う態度の者はいないか?」
コアの頭を優しく撫でながら隣のチャイに問いかける。
「ん? 態度が違う?」
「あぁ、戸惑っているような態度の者はいなかったか?」
「とりあえず、全員を確認したがいつもと変わらなかったな」
「そうか。怪我した者は?」
「それも大丈夫だ」
チャイの言葉に、ホッとすると同時に少しがっかりしてしまう。
仲間は全員、無事。
俺の様におかしなことを言い出した者もいない。
本当に俺だけなのか?
叫びそうになる心を、ぐっと掌を握り込むことで抑える。
「そうか、よかった」
誰も知らない現象。
集団洗脳か特定の人物だけの洗脳か。
見習い共が仕掛けた事なんだろうか?
……駄目だ。
今は落ち着いて考える事が出来そうにない。
震えそうになる体を、深呼吸を繰り返して落ち着かせる。
今は、無様な態度は見せられない。
皆に心配をかけることになるからな。
「主、ウサとクウヒは落ち着いたので問題ないぞ」
子供達とリビングへ行ってくれていたアイが、報告に来てくれた。
子供達のことは心配だったので、感謝をこめてアイの頭をゆっくりと撫でる。
「ありがとう、アイがいてくれてよかったよ」
考えるな。
今は原因を考えるな。
今は必要ない。
「主に褒められると嬉しいな」
アイの言葉に少し気持ちが浮上する。
「ありがとう」
不気味ではあるが、意思疎通が出来るのはうれしい。
俺の中では、今日初めてなのだから。
仲間から少し離れ、森全体に神力や知らない力が無いか魔法で調べていく。
何もない事にホッとして、コア達に報告する。
彼らも、安心した表情を見せてくれた。
後で龍達や親玉さん達がもっと詳しく見てきてくれる。
とりあえずは、それまで待機という事になった。
疲れたので寝室に戻り、ベッドに転がる。
何が起こっているのか。
俺だけが、記憶を変えられたとしたら理由は?
原因は間違いなく先ほど起こった光と音だ。
アレが落ち着いた次の瞬間から、ウサ達と会話が出来ていたのだから。
それに最初の頃、俺もコア達同様違和感を覚えていなかった。
まるで当たり前の様に会話をしていたんだよな。
「気持ちが悪いな、何なんだこれ」
あの光と音。
無意識に調べていたのだが神力ではなかった。
それに魔力でもなかったんだよな。
あの力、何処かで知っているというか親しみがあるというか……。
あれ?
あの力って俺の力と似ていないか?
胸に手を当てて、体の中にある新しい力を感じとる。
スッと流れる力を感じる。
「間違いない、俺の力に似ている」
この力を持っている者が俺以外にいるという事か。
この世界に?
それとも見習いの誰かが『あるじ~! この世界の主導権を握ったぞ!』
「はっ? 手動? えっと、何だ?」
いきなり大音量の声が部屋に響き渡る。
耳元で叫ばれたわけではないのだが、耳がちょっと痛い。
というか、なんだか恐ろしい言葉を聞いた気がする。
まぁ、そのお蔭で今までの鬱々とした気分が吹っ飛んだが。
『主から貰った力で、簡単に握る事が出来た。我に力を与えてくれて感謝する』
……確かに力が足りないというから譲ったな。
次の日に、溢れそうだった力が根こそぎ消えていて驚いた。
なので、心配をしたのだが問題はなかったという事か。
それは良かった。
『主、聞いておるか?』
良かったが、その力で何をしたと?
この世界の主導権を握った?
「ハハハ、なんのことなんだろう、おれはむかんけいだよね」
『主、大丈夫か? 何だか話し方がおかしいが』
おかしくもなる。
えっと、どういう事だ?
主導権というのは、確か物事を動かし進めることができる力だ。
つまりこの世界を動かせる力を得たという事か?
……まじか!
あっ、だったら今日起きたことを知っているのでは?
「ロープ。今日昼間に光と音が空を覆い尽くしたんだが、あれは『そうあれ! 主の力を使ってこの世界に掛かっていた余計な物を剥ぎ取ったんだが、想像以上にすごかった! そうだ、主が仲間と話したいと思っていたからそうしたが、問題ないか?』って原因はお前か!」
『原因?』
俺の力であの現象を起こしたのか、だから親しみを感じたのか。
しかも俺が仲間と話したいと思ったから、そうした?
さすが主導権を持っているだけはあるな……。
「ハハハ、まさかの答えが出たよ」
『主、大丈夫か? 元気がないようだが、今日何かあったのか?』
ハハッ、疲れたな~。
あっ、余分な物を剥ぎ取ったって言ってたっけ。
聞かないと駄目だが、力が抜けて聞く気力がわかない。




