60.水龍 ふわふわ2
-住処の湖に住む水龍のふわふわ視点-
「今日はどうだった?」
飛びトカゲの声に、視線を向ける。
相変わらず、ケルベロスの見張りをしている。
いや、最近はただ様子を窺っているだけのような気もするが。
「初めて主の失敗を見た」
「主の?」
「あぁ、どうも力の加減を間違えたようだった」
「珍しい~」
後ろから風龍、水色の声が割って入る。
それに少し驚くが、いつもの事だ。
コイツの気配は風に紛れて読みにくい。
「力加減か。笑っているけど苦手なのはお前もだろう?」
俺の言葉に水色が、少し表情を歪ませる。
「主のはたまたまだろうが。いつも絶妙な力加減をしておるのだから」
確かに飛びトカゲの言うとおり、主の力加減はかなりすごい。
あんな細かい調整が出来るのは主だけだろう。
俺には無理だ。
「今は苦手だが、練習すれば出来るようになる」
水色の言葉に驚く。
コイツの口から、練習などという言葉が出てくるとは。
「へ~」
「そういうふわふわだって俺と似たようなモノだろうが」
「水色よりは出来る」
「年寄りだからね!」
「あまり変わらんだろうが!」
40年、50年の差なんて、ないようなモノだ。
「言っておくがお前ら似たようなモノだからな」
飛びトカゲの言葉に水色が俺を見て笑っている。
ムカつくな。
「加減を忘れて畑を潰しそうになったことは無い」
「あっ、あれは!」
「しかも、ゴーレム達に追い掛け回されて飛びトカゲに助けを求めていたよな」
「う~」
水色が悔しそうに声を出す。
よし、今日は勝てた!
2日前の仕返しだ。
「それにしても、なぜ力加減に失敗したのだ?」
飛びトカゲが、俺達の言い合いを止めるように言葉を発する。
水色が何か言おうとするが、飛びトカゲの表情を見て止める。
俺も飛びトカゲを見て、そっと視線を外した。
いつもは優しいコヤツだが、今の表情は笑顔なのに目がすわっている。
これ以上続ければ、本気で怒られる。
飛びトカゲは、俺達の中で一番怖いからな。
前の時のあれは……ハハハ、思い出したくもない。
「見習い共が残した本だ。結界で守られていた」
「結界に問題があったのか?」
水色の言葉にあの時の事を思い出す。
「どうだったかな。感じた気配は普通だったが」
これといって、不穏な力は感じなかった。
とはいえ、見習い共が作った物だからな。
問題ないと断言はできないな。
「本はどうなったのだ?」
飛びトカゲが聞いてくる。
「一瞬で灰になった。見事だったぞ」
「うわ~さすがだな」
水色が感心したような声を出す。
確かにあまりに一瞬の出来事だったな。
「本は普通の物か?」
「いや、魔法書だと思う。本から独特の力を感じたからな」
「魔法書?……ぅわ、またきた。この知識が思い出される感覚どうにかならないかな。気持ちが悪くなる」
「あぁ、ソレな。いろいろ頑張ったが無理だったぞ」
俺の言葉に、水色が大きなため息をつく。
そして諦めたように、今解放された知識を調べているようだ。
魔法書。
紙に魔力が込められている本だ。
この本は、ある特定の力に反応して文字が浮かび上がる。
強大な力を生み出す魔法陣や代償を多く必要とする禁術などが書かれている書物に使われている。
あの本には、いったいどれほどの情報が載っていたのか。
気になるな。
「主の力の方はどうだった? 何か分かったか?」
「駄目だった。主の結界が強力過ぎて調べられない」
「そうか」
飛びトカゲは、俺の返答に残念そうな声を出す。
今回俺が主のお供について行ったのは、主の力を調べるためだ。
少し前、起きてきた主を見て全員が驚いた。
なぜなら主の周りに厳重な結界が張り巡らされていたからだ。
何か事情がある筈だが、言葉が通じないため知る事が出来ない。
その為、順番に主のお供をして結界の原因を探ろうとしているのだ。
今のところ、いい結果は出ていないが。
「言葉の方はどうにかなりそうか?」
俺の質問に飛びトカゲが首を横に振る。
どうやらこちらも良い結果が出ていないようだ。
主と言葉を通わせる方法を飛びトカゲは模索している。
神獣としての知識の何処かに解決方法があるのではないかと思っているのだ。
「どうして主には解読魔法が効かないんだろうね。他の魔法は効果があるのに」
水色の言葉に俺も飛びトカゲも大きく頷く。
以前、飛びトカゲが主の傷を癒した事がある。
その時、飛びトカゲの力は主に効いていた。
他にも、結界を主に張る事も出来た。
これから考えると、魔力の相性は悪くないはずだ。
それなのに、言葉の解読魔法だけがまったく効かない。
「誰かに邪魔をされていると思わないか?」
「誰に? 主と俺達の間の邪魔をして何のメリットがあるんだ?」
飛びトカゲの言葉に水色が首を傾げる。
俺も首を捻る。
そんな事をして誰の役に立つのか。
「だいたいこの世界を知っているのは、ここに来たあの神だけだろう?」
「それは無いだろう。見習い達に罰を下すのはあの神1人の判断では無理だ」
「あっ、そうか」
俺の反論に水色が失敗したという顔をする。
「そういえば、あの神は随分と神という存在に夢を見ていたよね~」
「夢?」
そうだったかな?
「夢というか理想だな」
あぁ、そういえば神とはこう在るべきという理想を持っていたな。
でも、それは悪い事ではないだろう。
「悪い事ではないが、盲目的にそれだけを追い求めるのは間違いを犯しやすくなる」
飛びトカゲの言葉に水色と一緒に首を傾げる。
そういうものだろうか?
理想を求めるのはいい事だと思うのだが。
「分かっておらんな」
飛びトカゲが苦笑いをして俺達を見る。
「すまん」
「理想を追い求めるのは良いんだ。だが、余裕がないと理想から外れた者の存在を認められなくなる」
認められない。
確かにそうかもしれないな。
「認められない存在はどうする?」
「どうするって、どうする事も出来ないよね?」
「あぁ、神だからと言って何でもできるわけではない。殺すことは禁止されているし」
水色の言葉に同意するが、なんとなく違和感を覚える。
確かに殺すことは禁止されている。
それは知識が教えてくれた。
だが、手を下さなくても殺す方法があるのでは?
「たとえば、助けがいると知りながら放置する。結果死んだとしても神は殺してはいないことになる?」
あれ?
その状況って。
「「………………」」
水色と沈黙してしまう。
もしかして、俺達って死ぬのを待たれているとか?
「可能性としてはあるだろうな」
飛びトカゲの言葉が重い。
理想から外れているからいらない?
そんな勝手な事。
「まぁ、まだ憶測だ」
確かに飛びトカゲが言うように、憶測だ。
だが、あながち外れていないような気がするのはなぜだろう。
「主に解読魔法が効かない理由も、説明がつくね」
水色の言葉に頷く。
主の力は膨大だ。
あれだけの力があれば、どんな状況に陥っても打破できるだろう。
だが、その力を借りるには言葉でしっかりと説明する必要がある。
映像で見せるのにも限界があるからだ。
「言葉が通じなければ、助けを求めることも出来ない」
誰かの理想のために排除されるのは嫌だ。




