57.冷静に……逃げるな!
体の熱に目が覚める。
昨日より熱さが増している気がするな。
昨日は、夜中にも熱が原因で目が覚めてしまった。
一瞬熱が増して、しばらくすると収まるので今のところは大丈夫だろう。
そういえば起きる寸前、声が聞こえたような気がするのだが。
起き上がって周りを見る。
俺が寝ているいつもの部屋だ。
気のせいか?
「はぁ、それにしても……熱い」
新しい力が暴走している時は何が起こるか分からないため魔法で結界を何重にもかけている。
これで安心という事ではないが、何もしないより良いだろうと言う事だ。
しばらくすると熱が引いていく。
「ふ~」
『…………』
「ん?」
やはり何か聞こえた。
周りを見るが、先ほどと変化なし。
魔法で周辺を調べるが、問題はない。
『…………』
だが、微かに何か音がする。
小さすぎて聞き取れないが。
何なんだろう。
耳を澄ませるが聞こえない。
数分待ってみるが、やはり聞こえてはこなかった。
力の暴走による影響なのか、何なのか。
少し注意をしておこう。
ベッドのヘッドボードに置かれているメモ帳を手に取る。
こちらの世界に落とされた時に持ってきたバッグの底にあった、忘れられていたメモ帳だ。
昨日、考えた事を書きこんでおいた。
書かれた内容に目を通し、大きなため息をつく。
これからの事を思ってではない、色々と反省してだ。
1日経って興奮が落ち着いたのだろう。
読み返すと色々と矛盾が見えてくる。
だが、まったく違うとも言い切れないところなのだが。
『無駄に敵を作るな』
疑心暗鬼になっていると、全てが敵に見えてしまう。
昨日の俺はこれに近いな。
「はぁ、全ては情報不足ってやつだな」
言葉が通じない状況では情報を集めるのにも限度がある。
それに、神の情報なんてどうやって集めるんだ?
見習い達の情報だってそうだ。
無理がありすぎる。
昨日の予測が、全て間違っているとは思わない。
今、考えても違和感を覚えないところもある。
だが、考え方を変えて別方向から考える必要もあるだろう。
例えば、この世界から俺が出られない制限の事だが、勇者にかけられた制限の可能性もある。
それは、見ず知らずの人達のために、世界を救うためとはいえ命を奪ってこいと言われて出来るか?
俺には無理だ、命を奪う重さを経験などしたくない。
では、どうするか。
俺だったら逃げる。
それを防ぐための制限。
召喚した者を逃がさないため、飛ぶ事と瞬間移動が制限されている可能性もある。
あくどいなとは思うが、まったく関係ない人間を勇者と祭りあげて、命を奪えと誘導するのだ。
それが一番あくどいと俺は思う。
つまり、今の情報だけでは答えは出ない。
それに俺は、根本的な事を忘れていた。
それは『神と人』の考え方の違いだ。
例えば俺は人ではなくなったそうだが、人の感覚をまだ持っている。
つまり人生80年。
神は、万年?
俺が神を待っていた6ヶ月は長い。
だが、神の中の6ヶ月はもしかしたら一瞬だったかもしれない。
生きてきた場所が違う以上、根本的な感覚は異なるだろう。
そしてもう1つ重要な事も忘れていた。
それは見習いが神に対して詳しく、俺は詳しくないという事実だ。
この世界が大丈夫だと判断した神。
実際は問題だらけだった。
だから俺は神が味方ではないと判断した。
だが、神に対して詳しい見習いが、何か対策をした可能性はないだろうか?
そしてその為に、神にはこの世界が問題ないように見えた。
こう考えてしまうと、神が味方なのか敵なのか……。
「焦ってしまったんだよな~」
力の暴走が日々強くなっていく中、怖くなったのだ。
俺が仲間を殺してしまうのではないかと。
だから、答えを急いだ。
責任を押し付けるために。
「それでは駄目だよな。逃げるのではなく解決策を考えないと」
『とりあえず時間を稼ぐ』
そうだ、今俺がやるべき事はどうやって力の暴走を悪化させないかを考える事だ。
力を放出すればいいのか?
何かに使う?
だが、いったい何に使えばいいんだ?
大量に使って、しかも被害が出ない。
何も思いつかないなら。
「探すしかないよな」
そうだ、立ち止まっていても仕方ない。
『自分が1番に何を求めているのか、しっかりと確認』
「死にたくない。で、みんなと共に生きたい」
守りたいなんてかっこいい事ではない。
ただ死にたくないのだ。
だから今は、生き延びる方法を探すことに集中しよう。
神が味方か敵かは、時間が経てばわかる事だろう。
ただ、敵だったときの事も考えておかないとな。
「それにしてもたった2日でコロコロと考えが変わる……おかしいか?」
以前の俺ってこんな感じだったかな?
怖がりだからもっと慎重だったような……いや、決める時は早かったか?
まぁ、そうそう性格が変わる事はないか。
「おはよう」
「ん? あぁ、ウサおはよう。ごめんご飯だね」
考えに没頭しすぎて、朝食の時間を過ぎてしまったみたいだ。
子供達が待っているのに。
熱も落ち着いた。
これだったら、大丈夫だろう。
結界を新たにかけ直してから、ウサと一緒にリビングに向かう。
リビングでは天使達が……パン争奪戦で忙しそうだ。
それにしても、パンを狙うあの表情は何と言うか天使とは思えないな。
「おはよう」
「クウヒ、おはよう。遅くなってごめんな」
クウヒは首を少し傾げてから、横に振る。
遅くなっての意味が分からなかったのだろう。
だが、ごめんは理解しているので謝った事は分かってくれたようだ。
パタパタ
パタパタ
パタパタ
パタパタ
2人の天使が部屋中を飛び回るのも結構騒がしいモノだな。
しかも前の天使はパンのカゴを抱えて、食べながら逃げている。
口を動かしながら、暴れるのはどうなんだろう。
止めた方が良いのかな?
ん?
キッチンから一つ目達が俺達の朝食を持って来てくれたみたいだ。
「ありがとう」
1体の『一つ目』の顔がスッと天使達の方角を見る。
そして次の瞬間、『一つ目』が消えた。
「えっ!」
慌てて、天使達の方へ視線を向けるとパンかごを取り上げられ唖然としている天使と、『一つ目』に両肩を後ろから掴まれている天使の姿があった。
今『一つ目』はどうやって移動したんだ?
瞬間移動したように見えたのだけど……。
見間違いかな?
リビングにいる飛びトカゲの様子を見てみる。
飛びトカゲは目を見開いて『一つ目』を凝視しているように思われる。
やっぱり、瞬間移動?
「『一つ目』に魔法を習う事が出来たら、すごい魔法師? 魔術師? になれそうだよな」
魔法師と魔術師って違いは何だっけ?
あっ、手に持っていたパンも取り上げられた。
……これって見ていたら、俺達も巻き込まれるかも。
「ウサ、クウヒ、ご飯にしようか」
「大丈夫?」
ウサが天使達を見て心配そうにしている。
「大丈夫、『一つ目』だから」
「ご飯!」
クウヒはそそくさと椅子に座って、俺達が座るのを待っている。
この辺りは性格が出るよな。
クウヒは巻き込まれないようにするのが上手い。
そして食べる事が何より優先される。
ウサは優しいのか、巻き込まれやすい。
ただ、それを知っているアイ達が上手くフォローしてくれているようだ。
「……なんだか皆、頭いいよな。羨ましい」
それにしても『一つ目』の進化がすごいな。




