52.土龍 飛びトカゲ
―落ち着いているので、龍達のお父さんみたいだと主人公に思われている土龍視点―
目の前にある玉寝を見る。
中にはケルベロスの子供が眠っている。
かなり弱っているが、主が持ってきた魔界の力が込められた石『魔界の雫』で少し回復したようだ。
しかし、この世界に魔界の門番の子がいるとは驚きだ。
最初に見たとき、無意識に攻撃態勢に入ってしまったからな。
子供とはいえ、我々と同じようにかなりの力を有している存在。
けして、気を許していい存在ではないのだ。
主は平然としていたが。
しかもこの玉寝、おかしな術式が施されている。
調べてみたが、何らかの力で拒否されてしまった。
まったく厄介な事だ。
「問題ないか?」
「あぁ、主が『魔界の雫』を持ってきたから少し回復した。とはいえ、まだ不安定だが」
「……大丈夫なのか? これは魔界の化け物の子だぞ」
「主が大丈夫と判断したのだから、問題ないだろう」
先ほどは、主に向かって尻尾を振ったような気がしたしな。
魔界の者が神に準ずる力を持つ者に、媚を売る事はない……はずだが。
主には不思議な魅力があるからな、魔界の者ですら手なずけるかもしれない。
我々が心酔しているように。
「しかし、天使に魔界の門番。あいつ等は何がしたかったのか」
毛糸玉が呆れた声を出す。
それに同意しかけるが、ある情報が頭の中に流れる。
我々龍には、生まれながらにして知識が埋め込まれている。
それは、世界を壊さないための予防策。
強い力は、守りにもなるが破壊にも繋がるのだ。
強い力を持った龍が生まれ、それが何者かによって利用されたとき世界は大変な事になる。
それを防ぐために、知識が埋め込まれている。
知識があれば利用される事を防げるという考え方だ。
まぁ、この情報も知識として埋め込まれたモノなので、正直どこまで信じていいのか不明だが。
天界の子供に魔界の子供。
この2つを考えたとき、ある知識が不意によみがえってきた。
ふ~、この感覚は何度体験しても苦手だ。
何かをきっかけにして、いきなり知識が頭の中を駆け巡るのだ。
それがいつ起こるのか分からないため、不意打ちが多くとても不快な気持ちになる。
「どうした? 怖い顔になっているぞ?」
「大丈夫だ。お主の知識には無いのか? 天界の子供と魔界の子供だ」
俺の言葉に、毛糸玉が首を傾げる。
しかし、しばらくすると毛糸玉の表情が不快に歪んだ。
どうやら知識を得たらしい。
「はぁ、まったく。『天界の子供の血を捧げ、魔界の子供の血を捧げ』か?」
「そうだ」
埋め込まれていた知識に、『天界の子供の血と魔界の子供の血を魔幸石に捧げ、新たな力を授からん』とある。
魔幸石という石に、この目の前の者達の血を捧げると新しい力を得られるという事らしい。
ただ、魔幸石という物が何なのか知識に無い。
何とも中途半端な情報を埋め込んだモノだ。
「飛びトカゲ、情報が中途半端だと思うのだが」
「あぁ、魔幸石についてだけ何もないな」
「おかしいな。今まで埋め込まれていた知識にこんな事はなかった。魔幸石という物がそれだけ危険だからか?」
「……魔幸石では何も知識がないが、強力な石や危険な石を考えると、上級神が作ったとされる伝説の石の知識が出て来る」
「ん? ちょっと待ってくれ……。これか? 上級神数十名の力で生まれた意思を持った伝説の石」
「そうだ。しかし、これも中途半端だな。石の名前や大きさ、形などの情報が一切無い」
「確かに、何も出てこないな。石が持っているだろう力についての情報もだ」
何とも不気味だな。
情報を持つと危ないと考えたのならば、全ての情報を隠すだろう。
もしくは、危ない石だと忠告するはず。
だが、現実は何とも中途半端な情報だけだ。
何らかの意図が働いているように感じる、
それが何なのか…………ふ~、考えても分からないな。
「考えすぎて頭が痛くなってきた。そういえば、このおかしな術式は何だ?」
毛糸玉が玉寝に刻まれた術式を指して訊いてくる。
「分からん。だが、主が何か込めて呟くと少しずつ、力を失っていっている」
「そうなのか?」
「あぁ、主の言葉が理解できればわかるのだろうが。残念だ」
何を言っているのか、聞き取ろうとするが理解できない。
名前の部分は何とか聞こえるのだが。
しかし、主が玉寝に何かを言うときのあの光はとても綺麗だ。
主からふわりと、柔らかい光が玉寝を包み込むのだが何とも言えない神聖さがある。
「森の仲間に不審な石が無いか探させようか?」
「ん? あぁ、魔幸石か?」
「あぁ、どんな石なのか分からないので探すのが難しいが」
「そうだな。何か違和感のある石があれば、報告をしてくれと言ってくれ」
「分かった。森の外も調べた方がいいだろうか?」
「あぁ、しかし森の外か。俺達が飛ぶと騒ぎになるだろうな、どうやって調べるか」
「そうだな。さすがに俺達が飛び回るのはな……」
一応、森の王として存在している我々が飛び回っては騒ぎになるだろう。
コアが主と外を飛び回った時も騒ぎになっていたと、言っていたからな。
主はあまり、気にしていなかったらしいが。
「アイ達に頼むか?」
ガルム種を率いているアイか。
確かに、あの者達なら少しは騒ぎもマシかも知れないが。
「アイ達だけで森の外に向かわせると、主が心配するな」
ガルム種は確かに森の王に比べれば弱いかもしれないが、それでも強い存在だ。
なのだが、主にとっては弱く見えるのかとても心配するのだ。
まぁ、我々龍達にも守りとなる結界を何重にもかけるのだ。
主はかなり心配性なのだろう。
「ん~、主は心配性だからな。しかし、アイと一緒にダイアウルフやフェンリルが行くとな~」
フェンリルは森の王の一族だ。
ダイアウルフも森の猛者として知られている。
俺達同様、騒ぎになるだろう。
「アイ達だけで行っても騒ぎになるのでは?」
まぁ、ガルムも森の強者だからな。
人や獣人がいる場所を走りまわれば、畏怖されるだろうな。
さて、どうするべきか……。
「おい、魔界の子の目が開いてるぞ」
毛糸玉が玉寝を凝視している。
隣から覗き込むと、確かに1匹の目が開いている。
唯一目を覚ます事がある1頭だ。
後の2頭は、微かに動きがある程度だ。
見つめていると、不意に魔界の子の視線が動き、目が合ってしまう。
なんとなくそのまま、見つめ合ってしまう。
「ぅわっ!」
不意に頭に映像が叩き込まれた。
何なんだ?
随分と大きな石の映像だ。
「大丈夫か? どうした?」
毛糸玉には、何が起こったのか分からなかったようだ。
つまり映像は俺だけにたたき込まれた。
「大丈夫だ、魔界の子から映像が送られてきた」
玉寝の中を、覗き込む。
起きていた子の目は閉じてしまっている。
「どんな、映像なんだ?」
「巨大な石だ」
「石? 魔幸石の映像か?」
「それは分からない。詳しい情報は力尽きてしまっているので訊いても無駄だろう」
毛糸玉も玉寝の中を覗いている。
そして、寝ている3頭を確認して頷いている。
「毛糸玉、貰った映像を送るぞ?」
「あぁ、頼む」
魔界の子から貰った映像を、魔法で毛糸玉に送る。
届いたのだろう、毛糸玉が数回頭を振った。
「随分とデカい石だな」
「あぁ」
ただし、映像からわかる事は大きさと色だけだ。
なぜこの石の情報を送ってきたのか。
「問題がある石ってことなんだろうか?」
毛糸玉が首を傾げている。
魔界の子供が、どういう意図を持ってこの情報を渡したのか。
危険な石だと知らせれてくれたのかもしれないが……敵対関係にある我々に情報を渡すだろうか?
玉寝の中を覗き込む。
今の行為で、かなり力を消耗してしまったようだ。
しばらくは目を覚ますことはないだろう。
もしかしたら、主がまた力を探して持って来てくれるかもしれないが。
そういえば、どうして魔界の雫が森に落ちているんだ?
「考えれば、考えるほどこの世界の事が分からなくなるな」
俺の言葉に、隣で考え込んでいた毛糸玉も頷いてる。




