43.エンペラス国 国王3
-エンペラス国 国王視点-
「それで奴らは捕まえたのか?」
「あぁ。それが騎士団が見つけた時、なぜか全員が腰を抜かして座り込んでいたらしい。そのお蔭で抵抗なく捕まえられたようだが」
ミゼロストの言葉で眉間に皺が寄る。
腰を抜かす?
何でそんな事になっていたんだ?
コンコンと扉を叩く音と同時に扉が開かれる。
入って来たのは、慌てた様子のガジーだ。
「見つかったと聞いたのですが、本当ですか?」
「あぁ、本当だ。無事にアッセを保護する事が出来た。あと数名の獣人達もだ」
ミゼロストの言葉に、ガジーが大きく息を吐き出す。
アッセは彼にとって命の恩人だ。
ずっと心配していた事を知っていたので、見つける事が出来て俺もホッとしている。
「はぁ、ありがとうございます」
アッセは、ガジーと同じ奴隷檻にいたネコ科の獣人だ。
ガジーと内密に会うようになった日々の中で、紹介された1人だ。
最初の頃はかなり警戒されたのだが、会うたびに少しずつ打ち解けてくれた。
そして、彼には特技があった。
少し会話をするだけで、その人の本質を見抜けるのだ。
全てを見抜く事は出来ないが、敵と味方を見分ける事は出来た。
彼のおかげで、安全に味方を増やす事が出来たとも言える。
だが、彼は前王が死ぬ前日から今日まで行方が知れなかった。
その原因は魔法だ。
俺も全く気付かなかったのだが、彼は魔法が使えたのだ。
しかも特殊魔法の1つ『洗脳魔法』だ。
ガジーは「アッセ自身も魔法を使える事に気付いていなかった可能性がある」と言っていた。
それがなぜ知られたのか。
それはガジーが、守衛に殺されそうになったからだ。
その頃、奴隷に手を出すと森の怒りを買うと王城内では噂が流れていた。
馬鹿な守衛が、その噂の真偽をガジーを殺して確かめようとしたのだ。
それを止めるためにアッセは無意識に魔法を発動。
周りにいた守衛達全員に洗脳を施してしまったのだ。
アッセの洗脳魔法は、2日間完全に支配下に置けるモノだった。
ただ、魔法が解けた後もその2日間の記憶は残る。
それをガジーとアッセが知ったのは2日後。
守衛達の魔法が切れて、アッセを調べるために魔導師が無理やり連れてこられた時だ。
魔導師は噂を恐れ、ほんの少しアッセの魔法について調べるだけだったがそれで十分だった。
簡単な調査でアッセの魔法が特殊なモノだとばれたのだ。
そこで終わればよかったのだが、なぜかその情報がある貴族の耳に入ってしまう。
そしてアッセは人知れず連れ出され、行方不明となっていたのだ。
まぁ、貴族に連れ出されたと知ったのは数日前なのだが。
アッセが連れ出されたのは、前王が死んだ前日。
あの騒動で手掛かりが失われ、捜索が難航していたのだ。
「アッセは何処に?」
「魔導師達と話をしている。今まで何をさせられていたのか、知っておく必要があるからな」
貴族がアッセの魔法で何をしていたのか。
どんな犯罪を犯していたのか、知る必要がある。
「そうですか。そう言えば、彼と一緒に数人の獣人達を保護したと言いましたよね? 誰ですか?」
「アッセにとっての人質だな。命令を聞かせるために用意したらしい」
「はぁ、まったく。なんて奴なんでしょう」
「安心しろ。第2騎士団のビスログ副団長が尋問している。補佐にはリツリだ」
またすごい者達に尋問をさせているな。
第2騎士団の副団長ビスログと言えば、獣人の女性に一目ぼれした事で最近有名だな。
リツリは、奥さんが獣人だ。
前王時代は隠していたが、今では堂々と子供もいると発表している。
噂では、かなりの愛妻家で子煩悩だとか。
「そうか、しかし第2騎士団達も忙しいと思ったのだが」
「息抜きにちょうどいいと、やる気だったぞ」
「……尋問をしているんだよな?」
俺の言葉に、ミゼロストは肩をすくめる。
「尋問もしていると思うぞ」
まぁ、最終的に報告書が上がってくれば問題はない。
ビスログとリツリが好きにすればいい。
「問題なしだ。ガジーも聞きたい事があれば参加していいぞ」
「……いえ、止めておきます。アッセはどうなりますか? 彼の魔法は……」
確かにアッセの魔法を放置する事は出来ないだろうな。
情報を隠したとしても、どこからか漏れる可能性がある。
知られれば、アッセはまた狙われるだろう。
今回は保護が出来たが、次も大丈夫だとは言えない。
アッセが協力を拒否すれば、殺されることだってある。
「魔法か。便利なモノではあるが、厄介な問題も引き起こすな」
この国の多くの者達が生活魔法を使う事が出来る。
ただそれは、コップ1杯の水を作ったり、種火を作ったりする程度だ。
人によっては1杯が2杯になる者もいるが、それぐらいの違いだ。
攻撃魔法を使える者など、国民の中にはほとんどいない。
だが稀に、魔力を多く持つ子供が生まれる。
彼らは保持できる魔力量が、他の者達よりはるかに多い。
それでも、魔力量が多いだけでは魔法を発動する事は出来ない。
魔力を使う方法を学んで、初めて魔法が使えるようになるのだ。
だが、アッセは違う。
アッセは生まれながらにして能力を開花させている。
数十年に1人生まれるか生まれないかのような、奇跡のような存在だ。
問題は、生まれながらに持つ力には特殊なモノが多いという事だ。
「アッセには悪いと思うが、魔導師の道を歩んでもらう事になるだろう」
ある意味、国が管理するという事だ。
色々協力してくれた彼だ。
俺としては自由を与えたいが、こればかりは個人の考えを通すことは出来ない。
魔導師ならば、生活にある程度の制限は加わるが自由もある。
「そうでしょうね」
ガジーも宰相として、何が一番最善なのかを理解しているのだろう。
アッセにとっても、良い事はある。
国は魔導師を守る義務がある。
つまり堂々と守ることが出来る。
コンコン
「魔導師、アールリージャです。よろしいでしょうか?」
アッセに話を聞いていた魔導師が来たということは、話は終わったのだろう。
「はいれ」
アールリージャ、魔導師の中での最初の味方だ。
今は魔導師長を務めてもらっている。
扉を開けて入って来た彼は、ものすごくこわい笑顔で俺を見るのでスッと視線をそらす。
原因は、魔導師長という立場に就けた事だ。
魔導師長となってほしいとお願いした時、断固拒否された。
だが、他に頼める者もおらず……最後の手段として彼の奥方を説得したのだ。
結果上手くいったのだが、数か月たった今もまだ怒りは継続中だ。
「もうそろそろ許してやれよ」
ミゼロストが呆れた声を出す。
そうだそうだと、頷きそうになるのを何とか抑え込む。
ここで頷いてしまったら、怒りが長引く。
「はぁ、アッセ殿から話を聞いてきました。他の獣人達からもです」
「ご苦労。で、貴族の奴らは?」
「それについては、もう少し調べさせてください。被害者もおりますので」
「わかった。そう言えば、腰を抜かすような何があったのだ?」
ミゼロストの説明で疑問に思っていた事を聞く。
何かがあったのだろうが、予測が出来ない。
「すごいですよ。アッセを助けたのは森の王と神様だと思われます」
『……………………はっ?』
思いがけない事を聞いて、理解するまでに時間がかかった。
だがそれは俺だけではなく、ミゼロストやガジーもだったらしい。
アールリージャはしたり顔だ。
「どう言う事だ? 王と神様が? えっと本当か? いや、嘘をつく必要は無いな」
ミゼロストが興奮からだろうか、しどろもどろになっている。
その様子に、逆に冷静になることが出来た。
「何があったのだ?」
「移動をさせられている途中、フェンリル王と王に乗った神様が空から降りて来られたそうです」
「何! 目の前に! どんな御姿だった? 俺が見た時は遠すぎて分からなかったのだ」
「ミゼロスト、少し黙れ! それで?」
「何をするわけでもなかったそうですが、全員を確認するように見回して何事かを口にしてまた空に戻られてしまったと。アッセ殿は、緊張が解けて腰が抜けたと言っておりました」
確認?
何を確認したのだ?
「それと神様の見た目ですが、とても華奢な姿をしていたそうです。一瞬、子供の神様かと見間違えたと言っておりました」
「そんなに細いのか?」
「どういう事です? 子供のような細さで大人であったと?」
ガジーが、少し困惑した声音で尋ねている。
「神という存在に大人や子供の区別があるのかは分かりませんが、アッセ殿が見た印象では大人であったと。ただ、そのお姿だけが小さく細かったと」
神という存在は、もっと強靭な印象を受けるのだと思っていた。
それが、子供と見間違えるほどに華奢とは……。
何とも不思議な存在だな。
しかし、アッセはすぐそばでお目にかかれたのだな。
羨ましい。




