37.エンペラス国 国王2
-エンペラス国 国王視点-
「わかったのか?」
「はい。第4騎士団ミゼロスト団長がエントール国の使者に聞いたのですが、土に魔力が含まれると作物に影響があるそうです。それが長い期間になりますと、まったく育たなくなるようです」
宰相となったガジーの言葉に、小さくため息をつく。
思いもよらなかった理由だからだ。
前王の残した記録によると、畑への魔力供給は国を挙げて大々的に行われてきた事業の1つだ。
それは生産量を安定させるためだったはず。
それが、まさか真逆の結果を生み出していたなど。
しかし、おかしな点もある。
「かなり長い間、魔法で作物を育てていなかったか?」
「はい、記録によれば百年は行われ続けた事業です。それに、最初の頃は生産量が上がっております。とはいえここ数年はかなり落ち込んでいたようですが」
「どういう事だ?」
「想像ですが、あの割れた魔石の力を使ったのではありませんか?」
「あぁ、あれか」
古代遺跡から見つかった魔石。
前王の力の源であり、今はこの国にとって負の遺産となった物だ。
「しかし、また助けられたのだな」
「そうですね。目撃証言によりますと、国中にそのお姿が確認されております」
「フェンリル王に乗った森の神か」
「見たかったです」
ガジーの言葉に正直に頷く。
第4騎士団がそろそろ使者団に会う頃かと考えていた時、第2騎士団員が慌てた様子で執務室に飛び込んできた。
何事かと思い話を聞くと、上空にフェンリルと思われる姿を発見したと言う。
急いで手の空いている団員達を集め、情報を集めるよう指示を出した。
その結果が、手元にある書類の束だ。
現れたのはフェンリル王と数匹のフェンリル。
1匹のダイアウルフ。
そしてフェンリル王に乗った人の姿をした御方。
おそらく森の神と言われる存在だろう。
その一団は、今日1日を掛けてエンペラス国の畑を回り土から魔力を取り除いていった。
なぜ、助けてくれたのかは不明。
だが、エントール国の使者が来るのを知っていたのだろう。
なぜならこの国の者達は、土に魔力が悪影響を及ぼすなど知らなかったのだから。
知らずにその行為を見たら、まだ怒りは継続されていると考えたはずだ。
「明日中には、魔力が土に悪影響を及ぼす事、それを森の神が取り除いた事が知れ渡るでしょう」
「そうか。では、この1年を耐えれば食料問題は解決しそうだな」
「はい。エントール国の使者の話では魔力をきれいに取り除けば作物の育ちは早く、実も大きく味も良いとか」
「それはうれしいが、すぐにこの国の畑でも結果が出るとは思わない方が良いだろう」
「そうですね」
「食料の在庫は、確認してあるか?」
「はい。少し厳しいですが1年ならどうにかなりそうです」
「はぁ、よかった」
ここ最近ずっと食料問題に頭を悩ませていた。
他国に支援を願うとしても、対価の問題も出てくる。
八方ふさがりの状態だったのだ。
本当に森の神、森の王には感謝してもしきれないな。
「森の調査団は集まりそうか?」
「まだ少し厳しいですね。怒りが落ち着いたのか不明でしたし、恐怖心も残っていましたから」
「そうだろうな」
森の王や神に対して謝罪をしたいと考え、調査団を送ろうと考えたのだが人が集まらなかった。
少し前まで森の怒りをかっていた国の者が、森に入っても大丈夫なのかという不安が大きかった。
その心配は理解できるため、命令ではなく募集を掛けたのだがやはり集まりは悪かった。
第4騎士団のミゼロスト団長が、一番に手を挙げたのは笑えたが。
「でも、今回の事で集まる可能性があります」
「そうなるか?」
「えぇ、確実に森の怒りは収まったと考える者が現れるでしょう。あとは恐怖心だけです」
その恐怖心が、かなり問題だと思うがな。
とはいえ、フェンリル王に会える可能性があるならと思う者もいるか。
「集まったとしても、森を傷つける者は選ぶなよ」
「当たり前です。調査団と言っていますが正確には謝罪に行くのです。それが森に不快を与えるなどもってのほか。まぁ、調査団にはミゼロスト団長が代表として加わるので大丈夫でしょう」
確かにそれなら問題ないな。
森に対して神聖な気持ちが強い奴だから。
「そう言えば、ミゼロストは森の王と神を実際に見たんだよな? ……あとでそれを自慢されそうだな」
「おそらく、数時間は自慢話に付き合う事になると思いますよ」
「使者の出迎えに行けばよかった」
「何を言っているのですか、と言うところですがそうですね。仕事をちょっと放棄して、行けばよかったと思います」
ガジーの真剣な顔に笑いが零れる。
真面目な彼すら魅了する森の存在。
昔のようにいい関係を築きたいものだ。
「しかし、自慢話は少し嫌だな」
「えぇ、他の自慢ならまぁ聞いていられますが、今回の事を自慢されると本当に怒りが湧きそうです」
「ガジーって、そんなに森の王や神が好きだったのか?」
「……我々が解放されるきっかけになった存在ですからね。エンペラス国の獣人達にとって特別です」
「そうか」
確かにその通りだ。
準備はしていたが、彼らを解放する時期はまだ未定だった。
それを後押ししてくれたのが森の怒りだ。
アレが無ければ、まだまだ解放には程遠かっただろう。
「俺にとっても特別だ。俺の夢を俺の代で叶えてくれたのだからな」
「お願いがあるのですが」
「悪いがそれは無理だ」
「……まだ、何も言っていませんが?」
「この国には今、宰相ガジーの力が必要なんだ。調査団には入らないでくれ」
「……はぁ、駄目ですか?」
「頼む」
「仕方ないですね。まぁダメもとだったので諦めますか」
「悪いな」
謝罪を口に出すと、ガジーは軽く肩をすくめた。
彼も無理だとわかっていて、口にしたのだろう。
もしかして、という期待をしたのかもしれないが、まだ安定していない国にはガジーは必要だ。
「そう言えば、そろそろエントール国の使者殿が着く頃ではないですか?」
「もう、そんな時間か?」
「えぇ」
「そうか。ガジー、確認なのだが、エントール国の使者団に魔術師が参加していると言っていたな」
「はい。確か上級魔術師が数名いたはずです。森の中を進むには、多種多様な魔法を使える者がいないと不安ですからね」
「そうか。彼らに力を貸してもらえないか聞いても問題はないだろうか?」
「あれですか?」
「そうだ」
あれとは、割れた魔石の事だ。
持ち出された魔石を元の部屋に戻し、しばらくしたら問題が発覚した。
その為、この国の魔導師達が総力を挙げて解決しようとしているのだが、いまだ結果は出ず。
と言うのも、この国の魔導師に上級魔導師が少ないのだ。
それだけではなく、魔導師自体の人数もかなり少ない。
それもこれも、前王時代に多数の魔導師達が粛清されたためだ。
その中には、かなり力のある上級魔導師達も多数含まれていた。
「協力を願うのは良いのですが」
「他国に恥をさらす事になるな。しかも、それ自体が問題になりかねないか」
「はい」
「だが、アレが元に戻ってしまった場合、何が起こるか予測が出来ない。また、他国や森に迷惑をかける可能性もある」
大きなため息をつく。
割れた魔石の問題、それは魔石が勝手に修復を始めたことだ。
それも周りの魔力を勝手に吸収して。
それを知ったのは、魔石の傍にいた魔導師達がいきなり魔力切れで倒れたからだ。
当初は魔石に攻撃でもされたのかと、慌てたものだ。
上級魔導師に調査を最優先させ分かった事は、自己修復するために周りの魔力を奪っている事だった。
すぐに周りに何重にも結界を張り魔力が吸収されるのを防いだが、数日後魔石の力なのだろう、内側の結界が破壊された。
そしてその結界に含まれる魔力すら吸収したのだ。
毎日新たに結界を張り直し壊されないよう努めているが、不安な状態が続いている。
しかも魔力を奪われるため、魔石を調べる事すらも出来ないのだ。
「確かに、これ以上周りに迷惑はかけれませんね。次は無いでしょうから」
そうだ、次に問題が起きたら今度こそ、この国は他国と戦争になるだろう。
エントール国は友好国として使者を送ってくれたが、他の2か国は沈黙を保っている。
「やはり、魔術師達に意見を聞きたい。謁見の場に彼らを同席するよう依頼しておいてくれ」
「分かりました。理由を聞かれたらどうしますか?」
「隠してもしょうがないだろうが、顔を見て説明したい。聞きたい事がある為、と言う事にしておいてくれ」
「分かりました」
ガジーが執務室から出て行くのを見送ってから、椅子の背にもたれ掛る。
エントール国の魔術師達が解決方法を知っていればいいのだが。
「エントール国にも、古代遺跡から発見された魔石があったはず」
魔石の管理をしていた上級魔導師長とその側近たちが残した書物。
その書物の中に、そのような記述が載っていた記憶がある。
だからこそ、期待する。
あの魔石を止める方法を知っていると。




