35.エントール国 第3騎士団 団長
-エントール国 第3騎士団 団長視点-
「はぁ」
「団長、うっとうしいです。いい加減諦めてください」
副団長キミールの冷たい言葉が突き刺さる。
だが、そんなことは今問題ではない。
「諦める? ハハハ、諦めきれるか! だいたいなんで俺なんだ! こういうのは第1騎士団ガルファ団長は無理にしても第2騎士団マルフォラ団長だろう。俺に使者が務まると思うか?」
「無理でしょうね。いや、失礼。大丈夫ですよ」
笑いながら無理だと断言しやがったコイツ。
本当に俺の副団長か?
……いや、まぁ副団長なんだが。
「団長、本音が漏れてますよ。まぁ、言いたくなる気持ちも……いえ、なんでもないです」
何で俺は補佐のカフィレットにまで、貶されているんだ?
一応こいつらの上官なのだが……おかしい。
しかし、本当になんで俺がエントール国の使者としてエンペラス国に行かないと駄目なんだ。
俺は礼儀とかそう言う方面は苦手なのだがな。
いや、やろうと思えばできるはずだ、きっと……たぶん。
「……なぁ、俺の礼儀はあっているのか?」
「ふっ……心が広い王様がいますよきっと」
今、副団長のヤツ鼻で笑ったよな。
補佐は顔を背けているが、肩が揺れていることから笑いを耐えているようだし。
えっ、本気で俺って礼儀が出来ていないのか?
今からエンペラス国の王様に友好国としてよろしくって言いに行くんだが。
やっぱり、俺達の王様は人選を誤ったな。
それとも何か、使者って王様の伝達係と言う役目だけで国を背負う必要は無いのか。
そうだ、無いのかもしれないな。
「団長の言葉一つでエントール国が、甘くみられるので気を付けてください。だからと言って高圧的に出るなんて、馬鹿な事は止めてくださいね。喧嘩を売りに行くのではないので」
やっぱり、国を背負わされているよな、それは。
本当にどうして俺を選んだんだ王様!
謁見した時の、数々の失敗を一番知っているはずなのに……。
あ~、胃が痛い。
「団長、胃薬なら沢山魔導師達に用意してもらってきましたから」
懐から、魔導師達が用意したであろう薬を取り出す補佐。
準備はうれしいが、何かが違う。
この場合、俺に礼儀を教えてくれることが一番重要なのでは?
「俺に、礼儀作法を教える気はないのか?」
「以前、しっかりと教えましたが。覚えていますか?」
あ~、確か俺が団長に任命された時だったか。
逃げ出せないように椅子に縛り付けられた記憶があるな。
そうだ、あの時確かに徹底的に教え込まれたな。
あれ?
おかしいな、椅子に縛られた記憶しか残っていないが……。
「…………」
「無駄な事は、2度と致しません!」
副団長の宣言に、項垂れるが確かにこれは仕方ないか。
しかし、まったく思い出せない俺もどうなんだ?
やばいよな。
「大丈夫ですよ。挨拶をするだけなんですから。我が国の国王陛下の前に出たときみたいに。跪いてちょっと話すだけですって」
「そうですよ、その喋り方が少しぐらい砕けていたって見逃してくれますって」
副団長の言葉に少しやる気が出たが、補佐の言葉でそのやる気ががんがんと削られた。
砕けた喋り方って、気を付けて畏まった話し方をしているつもりなんだが。
これは出来ていないって言われているんだろうな。
「はぁ、やっぱり嫌だ。帰りたい」
まぁ、そんなことは出来ないが。
王様から第3騎士団が使者団として任命されたのだ。
逃げる事は許されない。
周りを見る。
第3騎士団の団員達が、隊列を組んでエンペラス国に向かって歩いている。
その表情は、緊張からか少し硬い。
いまいる場所が森の中という事もあるが、今から行く場所が問題だろう。
エンペラス国は、今まで傍若無人にふるまってきた王様がいた国だ。
代替わりしたとはいえ、それぞれ思う事はある。
しかも代替わりした王様は、森に認められた人物だという事も緊張感を増している。
「しかし、本当に森は変わりましたね。空気が全く違います」
「そうですね。そう言えば、副団長聞きましたか? 森から流れ出た川の水を使用して作った食べ物は、すごく美味しいらしいですよ」
「そのようですね。森の恵みの力でしょうか?」
副団長と補佐の会話を聞くともなく聞いていたら、最近王都で噂されている話題が持ち上がった。
あまり噂には興味無いのだが、俺がずっと気にしている精霊が関係している可能性があったため覚えていた。
野菜を育てる時に、魔法を使用すると魔力が土に悪影響を及ぼし野菜の成長を阻害する。
これは長い研究によって解明した事だ。
なので、畑周辺での魔法の使用は禁止されている。
それなのに、森から流れる川の水に含まれる魔力。
この魔力は土に悪影響を及ぼさないのだ。
しかも、悪影響を及ぼさないどころか野菜の旨味が増え、収穫量も増える。
世界樹の力なのか、それとも川の水にいると言われる精霊の力なのか。
精霊に会ってみたい俺としては、かなり興味を引かれた。
「魔物です!」
部下の1人が声を出すと同時に、騎士団に緊張感が漂う。
各自武器を構え、部下の指す方向へと視線を向ける。
「あっ、あれって前に見た眷属の魔物に似ていませんか?」
補佐の言葉に、姿を現した魔物をよくよく見てみる。
確かに獣人の子供達を保護する前に見た、魔物と同じ種類の様だ。
伏せた状態で、じ~っとこちらを見ている。
「団長、どうしますか?」
後ろにいた騎士団員から緊張した声がかかる。
「眷属の魔物の可能性がある。気を落ち着けろ。無駄な敵対心なんて見せるな!」
『ハッ』
何人もの声が合わさって響く。
その声に少し魔物は動きを見せたが、すぐに元の伏せの状態に戻った。
少しひやりとしたが、やはり襲いかかって来る様子はない。
「後ろの団員達にも伝えろ。手出し無用。いいか、しっかりと後ろにも伝えろ。眷属の魔物の可能性あり、手出し無用だ」
「俺が此処に残って、団員達に指示を出します。そのまま行ってください」
副団長が隊列から少し離れ、団員に指示を出していく。
副団長なら問題なく任せられる。
「行くぞ」
魔物の姿に、止まっていた歩みを動かす。
しばらくすると後ろがざわっとする。
見ると、眷属の魔物が俺達と同じ速度で移動している姿が確認できた。
そして、少し近づいているようだ。
「どうしますか?」
補佐の言葉に首を振る。
「何もしない」
眷属の魔物に手を出すなど、馬鹿のすることだ。
魔物の表情がはっきり分かるほど近づいてきたので、目をそっと窺う。
敵対心など感じさせない、知性を感じる目をしている。
「大丈夫だ、気にせずこのまま突き進む」
「分かりました。気にする必要は無い、隊列を乱すな!」
補佐が少し大きな声を出したことで、視線が補佐に向くがやはりそれだけだ。
それ以上の行動を起こすようには見えない。
「間違いなく眷属のようですね」
補佐の声に魔物の方を見ると、かなり近くまで来て一緒に移動している。
まるで、他の魔物から守ってくれているような気さえしてくる。
いや、まさか本当に守ってくれているのだろうか?
「まさかな?」
「団長?」
「団長、全ての団員に問題はありません。団長、何かありましたか?」
補佐と副団長の言葉に、思っていた事を口に出す。
「あの魔物、俺達を守ってくれているようだと思わないか?」
ばかばかしいとは思う。
だが、時折周りを確認しながらついて来る姿を見ると、そう見えてしまう。
「確かにそう見えますね。もしそうなら、団長すごい事ですよ」
「何がだ?」
「何って、森の王の眷属ですよ。それに守られるなんてすごい事ですよ!」
あぁ、そうか。
森の王の眷属だよな、確かに。
ぅわ、本当にこれはすごい事じゃないか。
ちらりと視線を向けると、魔物と視線が合う。
どうやら、あちらも俺を見ていたらしい。
……と言うか、これって俺はどう反応したらいいんだ?
お礼を言うべきなのか?
やばい、胃薬が欲しい。




