30.エンペラス国 国王
-エンペラス国 国王視点(元第1騎士団 団長)-
歓声を上げる多くの国民に向かって、馬車の上から軽く手を振る事で応える。
長時間繰り返しているので、そろそろ腕が限界だ。
引きつりそうになる顔を意地で抑え込み、笑顔を振りまく。
王として国のトップになった以上、必要な事だとは思う。
だが、かれこれ2時間以上。
「疲れた。誰だ、このコース考えた奴」
ついつい愚痴が口からこぼれてしまう。
それを聞いたのだろう、隣にいた友人の肩が少し震えているのが目に入る。
次の瞬間、彼の副官に睨まれたのだろう、咳払いをして表情を引き締めている。
相変わらずの友人の態度に、少しホッとする。
王位を継承すると宣言してから、慌ただしく過ぎて行く日々。
やる事が多く、本当に多忙を極めた。
この日を過ぎても忙しい事に変わりはないが、その種類は変わってくる。
今までは国内の貴族たちの対応だった。
反対する者たちをどのように纏めるか……など色々と考えていたが、現実は違った。
実際にやった事は、どの貴族を切り捨て、どの貴族に恩を売るかだった。
今も思い返すだけで、頭が痛くなる。
この国の貴族、全員腐ってやがる。
その原因を作ったのはギハルド元公爵だ。
奴を捕まえた事で、ある犯罪が明るみに出たのだ。
魔石を無断で持ち出した共犯者として、ギハルドを逮捕。
ギハルド名義、また家族の名義の全ての家の捜索が行われた。
王のお気に入りだった貴族だけあり、様々な貴族とつながっている事が判明している。
この捜索に、反対勢力である貴族の弱みとなる証拠が出ないかと期待した。
そしてそれは有った。
予測していた事なのでそれ自体は驚くこともなかったのだが、見つかった物が予想外の物だったため、少し混乱に陥った。
ギハルドはその地位を盤石なものにするため、裏の組織を運営していた。
貴族のための代理殺人を請け負う組織だ。
貴族に生まれる以上、跡目争いは必至。
兄弟同士で殺しあうなど、当たり前の世界だ。
そこにギハルドは目をつけ、自分に有利な人物へ組織の者を密かに接触させ、殺人を請け負っていたのだ。
もちろん、組織は何重にも隠されているためギハルドとは結びつくことは無い。
だが、奴はその依頼を後々脅しの材料にするために、依頼書類を残していた。
王の死後、奴隷達の反乱で証拠を持ち出すことが出来ず、残してしまったのが奴の最大の失敗だろう。
そして、こちらにとっては最高の宝であり、頭痛の種になった。
当初は、依頼したすべての貴族を断罪する予定だったのだが、そんな事をすれば貴族がいなくなってしまう事が判明。
その予想に、俺や俺の周りの者達は頭を抱えた。
王都に近い町や村ならば王の直轄とすればいい、だが王都から遠い場所は目が行き届かないため貴族の存在が必要となる。
ではどうするか?
貴族の代わりとなる存在が、すぐに見つかるわけもなく。
本当に頭が痛くなる問題だった。
議論を重ねた結果、表だって俺が王になることを反対している貴族を断罪。
半分以上の貴族が消えた。
残った貴族には、証拠を握っている事をちらつかせたうえで、存続を許し恩を売り付けた。
こちらが証拠を握っている以上、馬鹿な行動は起こさないだろう。
それにしても、血なまぐさすぎる。
まぁ、エンペラス国の利益を貪る貴族と言う害虫を一掃できたのはうれしい。
王の座についてからの、1つの懸念が無くなったことになるからな。
それにしても、兄弟だけでなく親や親せきまで殺した馬鹿者がいたな。
それも複数人。
ギハルドに良いように使われていたようだが、先を読めないとは愚かすぎる。
とは言え、そのお蔭で新しい貴族を迎え入れられた事はうれしい結果だ。
新たに貴族の位を授与した顔ぶれを思い出す。
この国が変わったと印象付けるのにも役立ってもらった。
なぜなら協力してくれた獣人たちを、貴族に引き上げたからだ。
もちろん、能力を調べたうえで信用できるものを選んだ。
これは内外的に、いい宣伝になったと思う。
国民は貴族に獣人が加わった事で、変化を受け入れる覚悟が出来ただろう。
そして他国に対しては、今までとは違うのだと印象を確実に植え付ける事が出来たはずだ。
こう考えればギハルドはいい仕事をしてくれたと、言えるのかも知れないな。
王城で俺を待ち構えている人物を思い出す。
新しく宰相となったガジーだ。
最初は宰相の地位を受け入れてはくれなかったが、周りからの説得で不本意ながらも受けてくれた。
この事は俺にとって、大きな味方を手に入れた事になる。
まぁ、痛い事を平気で口にするので、耳を塞ぎたくなることもあるが。
だが、それこそが俺にとって必要な存在とも言える。
俺が間違った方向へ行かないためにも。
王城へ、俺を乗せた馬車が戻る。
体から力を抜くと、大きなため息が出てしまった。
同じ表情を、長い時間していたので顔がおかしい。
両手で顔を揉み込みながら、王城の中へ入る。
「お疲れ様です。では時間も無いので次に行きます」
容赦なくガジーの労りの言葉と、無情な言葉が耳に届く。
確かに時間が無いのはわかるが、少しは休憩が欲しいところだ。
とは言え、王城のテラスが見える場所に集まった群衆を放置すると暴走しかねない。
必要な事だとは理解できる……だが疲れた。
それに、予定を少し詰め過ぎてはいないか?
「休憩したい」
「夜にどうぞ」
ガジーは……まるで鬼だ。
宰相として優れているのだが、もう少し優しさがほしい。
「今日はこれで最後ですよ」
そう、テラスで国民に手を振れば終わりだ。
あと少しだと、重たい体に気合を入れる。
普通は、新王即位の祝賀パーティが開催されるはずなのだが、今回は予定に入れなかった。
その理由は、この国の現状を改めて確認したからだ。
一部の貴族がパーティ開催を提言してきたが、知った事ではない。
パーティは見栄と虚栄心で開催されるモノだが、正直そんなものに回す金が無いのだ。
もちろん、それでもひねり出す必要があるなら考えるが、考えてもメリットが無かった。
祝賀パーティで貴族同士はつながりを作ったりするのだろうが、俺には関係が無い。
他の場所で勝手に頑張ってくれ。
それに国内の貴族の掌握は、ある程度終わっている。
他国に対しては、新王の発表だけが行われた。
森の王達が、まだどのような態度に出るか不明な事もあり、知らせを出すだけで済ませたのだ。
確かに他国に対して見栄を張るなら必要かもしれないが、今はその時ではないと判断した。
先ずは、森の王への謝罪が先なのだが、これがどうすればいいのか全く見当が付かない。
一番の問題となっている。
他にもこの国が抱える問題は2つ、「金」と「食料」だ。
金だけなら少しは気が楽なのだが、食料の問題もここに追加される。
今、この国は金も食料も足りない状態になりつつある。
金についてはまだ何とかなるが、食料に関しては深刻だ。
数十年前から、収穫量が激減しているのだ。
農民たちは何度となく、その事について訴えてきたが、領主たる貴族も前王も放置し続けたらしい。
それが、最悪な形となって押し寄せてきている。
国の全農地を調べた結果、既に作物が育たない場所が数十ヶ所にも及んでいる。
魔導師達に依頼をして土に回復魔法をかけてもらったが、変化は見られず。
このままいけば、この国の農業はどんどん衰退していく。
そうなれば経済の問題も一気に加速する。
調査団を作り、調べさせてはいるが……なかなかいい結果には結びついていない。
「ふぅ」
テラスから見える国民の顔には希望が窺える。
森が本気でこの国に攻撃してきたと言う噂が流れた時の、あの悲壮感漂う雰囲気は一新されてる。
現実は厳しい。
だが、王位に就くと決断した時から全て覚悟の上だ。
気合を入れ直して、テラスへと足を向ける。
少しでも、この国が良くなる様に、国民の笑顔が続くように。




