139.ある国の魔導師5
-エンペラス国 上位魔導師視点-
古代遺跡の調査団に参加させる魔導師の名簿を見て違和感を覚えた。
全員が魔導師になったばかりのもっとも下の位の者達だからだ。
理由を探ることは出来るだろう、だが書類を持って来た第1騎士団の団長の顔を見る。
その顔を見て、何も言わず承諾のサインをした。
何かが起こるのだろう、それを止める権利は私にはない。
魔導師長も私以外の2人の上位魔導師も気が付いているだろう。
だが、ただ静かに調査団に選ばれた魔導師達を見送った。
こんな私にも守れる命があったことに、涙がこぼれた。
魔石の調査は一向に進まず。
どの顔にも苦渋の表情が見えてきている。
「潮時なのかも、しれんな」
魔導師長の静かな声が聞こえた。
大きく息を吐き出して肩から力が抜ける。
分かっていた事だ。
だが、私は自分の命をまだ惜しいと思っているらしい。
これからを思うと恐怖で体が震えそうになる。
王は決して我々を許さないだろう。
不意に光が部屋を真っ白に染め上げる。
眩しさにギュッと目を閉じて腕で目をかばう。
そうしてもなお目がちかちかとする。
どれくらいそうしていたのか。
徐々に光が収まりだす。
そんな時、部屋にビシッと言う音が響いた。
何かの攻撃かと全身が硬直するが、特に異変が起こることもなく。
部屋は静寂に包まれた。
瞼をあけて数回瞬きをする。
ようやく目の違和感がなくなった。
ホッと安心すると部下の叫ぶ声が部屋に響いた。
驚いて叫んだ部下に視線を向けるが真っ青な顔で震えている。
部下が見ている方を見ると魔石がある。
…真っ二つに割れた魔石が。
とうとうこの時が来たようだ。
不意に体に重みが増す。
…そうか、そうだな。
魔導師長がその場に座り込む姿が映る。
ゆっくりと近づく。
視線が合うと驚いた顔をしたが、すぐに納得したように頷いた。
2人の上位魔導師達も自分たちの異変を静かに受け止めたようだ。
魔導師長の近くに座ると、私の手をギュッと握った。
そこに力はなかったが。
私は3人に静かに頭を下げてゆっくりと部屋の外へと向かう。
部屋を出ようとするが鍵がかかっている。
扉をたたくが気配を感じない。
魔法で鍵を壊し扉を開けるがそこには誰もいなかった。
今の光に恐れて逃げ出したのだろう。
…よかった、今の私では彼らを倒すことは不可能だ。
……
王の寝室の扉まで邪魔が入ることなくたどり着く。
今の私にはよかったが、笑ってしまう。
王を命に代えても守ろうとする者が1人もいないこの現状に。
扉を数回たたき声をかけることなく扉を開けて中に入る。
王の寝室だけあって広いが今は部屋中が散乱している。
その中に王の娘である王女の姿があった。
その顔を見て既に亡くなっている事を知る。
近くに座り込む王の姿が見えた。
怖い、恐ろしいと思っていた。
だが、今は何も感じない。
王に近づこうとすると後ろで扉が開く音がした。
視線を向けると第1騎士団の団長と副団長。
第4騎士団の団長の姿があった。
その手には剣が握られている。
王を守るためでは…ないだろう。
私と視線が合うと3人とも驚いて動きを止める。
ふっと笑ってしまう。
今の私はどれほどに醜くなっているのだろうか。
「上位魔導師の…」
半信半疑なのだろう、だが私の着ているもので判断したようだ。
「魔石が完全に割れました、その結果ですよ」
「結果?」
「王を含め我々は魔石の力で老いる時間を遅らせた」
魔石を使い王の寿命を延ばすため、老化を止める方法を探した。
だが、その方法は見つからず、時間が無情に過ぎた。
何とか我々が成し遂げたのが老化を遅らせる方法。
王は納得はしなかったが、時間稼ぎにはなると判断。
魔導師長を含む4人の成功を確認したのち王は老化を遅らせた。
老化を遅らせる条件は、絶えず魔石から再生魔法の魔法陣を通して魔力を供給させる事。
魔石が割れたことでその供給が止まった。
つまりは遅くしていた老化が進みだしたのだ。
それでも老化はゆっくり進むと思っていた。
だが…
「…老いが一気に戻ってきたようです」
しわがれた声が自分の声と一瞬気が付かなかった。
口に手を当てようとしたが視界に入った己の手に動きが止まった。
皺だらけの骨と皮だけの手。
「我は王だ…この世界にたった1人…の…神が…みと、め、た…王…」
部屋に私以外のしわがれた声がかすかに聞こえる。
そちらに目を向けると、顔中皺だらけの目だけが異様な光を見せる怪異な姿の王が居た。
…私もあんな姿なのだろうか…まるで化け物のようだ。
いや、化け物だったのだろう…。
呼吸が苦しくその場に倒れ込む。
全身が悲鳴をあげているが口からは激しい呼吸音だけ。
体の中の骨が砕けるような音が聞こえる。
余りの息苦しさに喉に手を当てようと何とか腕を持ち上げるが途中で腕がボトッと下に落ちた。
すっと意識が遠くなった。




