120.ある国の魔導師3
-エンペラス国 上位魔導師視点-
第5騎士団が森へ侵攻したようだ。
報告では問題なく森の中へ入りこめているようで安心した。
今回は多くの魔導師が追随している。
無事に戻ってきてほしい。
目の前の書類に目を通す。
これまでの魔石についての重要な書類。
探すのは失われた力を奴隷以外で補う方法、力を補えばヒビは修復できると判断された。
だが、読めば読むほど気が滅入る。
これほどの罪を犯してきたのかと突き付けられているようだ。
…重ねた罪の情報しか載ってはいない。
城が震えたと感じた瞬間、大量の書類に頭をたたきつけられる。
頭が痛い、体が上から押しつぶされる恐怖を感じる。
何が起きたのか…ただ体がつぶされるようにきしむ音が聞こえる。
まだ…
死にたくない!
うっすらと目をあけると文字が目に入る。
奴隷による魔石強化の報告書。
魔石強化には奴隷の数が足りないというものだ。
その報告書を王に渡したのち王は奴隷同士に子を作らせだした。
感情を封じられていても涙を流す奴隷がいたと聞いている。
その報告書を出したのは私だ。
「許してくれ」
音となることはなかったがただ祈り続けた。
不意に息苦しかった呼吸が戻る。
全身で呼吸を繰り返し、何とか周りの状態を確認する。
部下の魔導師達が倒れている。
数名は怪我をしているのが分かる。
救助をしたいが動けない。
攻撃が止んだにも関わらず恐怖が体の動きを阻害する。
ふらつく体を何とか立て直し倒れている部下のもとへ。
気を失ってはいるが死んではいないようでホッとする。
床にゆっくり座り体から力を抜く。
ゆっくり息を吐き出すと体が震えだす。
恐ろしい程の恐怖と絶望。
涙があふれる。
ふと思い出す。
あぁ、あの少女はこんな感情に震えながら私を最後まで睨んでいたのか。
それをわたしは殴りつけて…。
私の犯した罪は…そばにある書類が証明している
あの少女が言ったように「許されない」のだ。
……
静まりかえっていた城から徐々に声が聞こえ出す。
それは叫び声や悲鳴、走る音やどなる声。
ただ、呆然と音を聞いていると、部屋に誰かが入ってくる音がする。
視線を向けると魔導師長の姿が見えた。
魔導師長の顔は真っ青になり体も震えているように見える。
王に異変が起きた。
その一言が重くのしかかるが1つ深呼吸をして体を動かす。
鈍く動く体がまるで他人の体のようだ。
それでも急いで王のもとへ。
魔導師長が寝室へ入る姿に少し驚いた、王はけっして他人を寝室に入れないからだ。
信用している娘と孫娘以外は。
いや、信用はしていないか。
その娘と孫娘にも奴隷紋が刻まれているのだから。
寝室に入ると王の怒鳴り声と悲鳴が。
その姿に愕然とする。
左腕がひじのあたりから先がない。
強化された体…あぁ違う、すでに王の血は流れている。
剣の強化魔法の失敗の時に。
ならばこの結果も考えられる。
だが、王はけっして認めないだろうその姿を。
先ほどとは違う絶望を感じた。
……
王の左腕は元に戻ることはなかった。
最強の魔導師達が魔力を注いでもまるで穴の開いた桶に水を入れている状態。
王の体自体に異変が起こっているのだ。
どれほど魔力を注いでも意味はない。
王は怒り狂うがどうすることもできない。
魔導師長含め4人すべての魔導師は原因には気が付いている。
王の腕がどうして修復しないのか。
そしておそらく二度と修復しないことも。
だが、それを口にはできない。
自分の死だけでなく周りも死を宣告されるだろう。
その数がどれほどになるか。
王の寝室から出るとため息がこぼれる。
王の体は魔石によって強化されていた。
おそらく元の魔石であるなら王の体に傷がつくことはなかったはずだ。
だが今の魔石は王の体を強化するほどの力はない。
まして切り落とされた腕の修復など。
いや、ヒビが入る前の魔石に戻せばそれも可能だろう。
だが、その戻す方法がないのだからどちらにしろ不可能だ。
……
魔石のヒビ修復の時に気が付いていれば…。
あの時、そうあの時だ。
まだ小さいヒビを修復するために魔石のもとに集められた奴隷。
その奴隷を見て、なぜ私は何も感じなかったのか。
…怯えていたのだ、心を封じられたはずの奴隷が!
すでにあの時から魔石は…。
何もかも気づくのが遅すぎた。
遅すぎたのだ。




