ろくじゅうよん
兄の夜ふかしを発見してから数日後、兄が倒れたらしい。兄はすぐに起き上がって保健室にいったそうだ。そして早退。私はそれを今日の授業が全て終わったときに担任から教えてもらった。
ので、今全力で走って帰っている。
「兄さん!」
息を切らしながら勢い良く家に駆け込む。今日は両親ともに会社に行っているし、最近は忙しいらしく、今日も遅くに帰ってくると言っていた。圭は今日日直だと朝にボヤいていた。ならば兄は家に一人。
倒れるくらい、体調崩してる人間が、一人で家にいるとか不安しかない。
私の声に返事はないが玄関に兄の靴はあった。キッチリと揃えられていた。
「兄さん!」
「…………頭に響く」
「ごめん」
兄はリビングのソファで横になっていた。
「体調はどう? 熱は?」
「学校で測ったときはなかった」
「ん。じゃあ今測り直して。それから制服脱いで。あとソファじゃなくてベッドで横になって」
体温計を兄に渡したあと、床に置かれていた兄の鞄とジャケットを拾う。鞄重い。というか兄は階段登れるだろうか。
「兄さん、もし階段登るのきついならおんぶするよ」
「断固拒否する。……あー、熱あがった」
30秒で熱を測ってくれるそれを見た兄が煩わしそうに眉を顰めた。ヒョイッとそれを取り上げてみるとそこには38.5℃と表示されていた。
「今すぐ寝よう」
可及的速やかに。
「やらなきゃいけないことあるんだよな……」
「もし兄さんが寝ないというなら私は泣きわめきながら母さんに電話をかけて兄さんの不調を訴える」
「寝るからやめてくれ」
そうか。寝てくれるならいいんだ。私も仕事に勤しんでいる母親に「兄さんがー」などと泣きながら電話をかけたくはない。たぶんあの人なら仕事を取りやめて帰ってくるだろう。
兄は少しフラフラとはしているがゆっくりと歩きだし、二階にある自分の部屋へと向かっていった。それと一緒に私も歩き出す。兄の荷物は私が持ってるからな。先程自分で保とうとしたが、そんなフラフラの人間に持たせられるか。
「兄さん食欲ある? ていうかお昼食べた?」
「ない。あー、野菜ジュース飲んだ気がする」
昼ご飯の記憶すら朧気なのはやばいと思う。取り敢えず寝かせよう。
部屋についたら兄は着替えがあるので、私は荷物をおいて部屋の外に出る。熱があるなら冷えピタいるかなぁ。あとは……解熱剤あったっけ。まあ寝てれば治るかな。風邪とかではなさそうだし。
冷えピタをもって兄の部屋に行けば兄はすでにベッドで寝ていた。寝不足かね。兄の額に冷えぴたを貼っ付けてすぐに部屋から出る。さて、洗濯と掃除。夕飯は圭に任せよ。
「ただいまー。姉ちゃん、お兄ちゃんは?」
「寝てるよ。今日は遅かったね。どしたの」
圭が家に帰ってきたのは夕方の5時だった。いつもだったら日直があったとしてももう少し早いはず。
「もう一人の日直の子がサボって帰ろうとしたから捕まえてたら遅くなっちゃった」
「捕まえたの」
「その子今日なんも仕事しなかったから」
圭は私より足速いからなぁ。しかも体力もある。逃げ切れるわけがない。
洗濯物を畳みながら相槌をうっていると圭は帰りに買ってきたであろう食品の類を冷蔵庫に仕舞い始めた。
「怪我とかしなかった? てか先生に怒られなかった?」
追いかけたということは走ったんだろう。廊下を走るのは危ないし、怒られはしなかっただろうか。
「階段で飛び降りたのは怒られたー」
「は!? 怪我してない!? 大丈夫?!」
思わず圭の方を振り向けば圭はピースしていた。あ、元気そうですね。
「その子は半泣きだったけどね!」
私の弟がとてもヤンチャに育ってしまった。
「その子が人気のない方に逃げてくれたから追いかけるのは楽だったよ〜」
「そうか……」
「逃げるなら人の多いところじゃないと追いつかれちゃうよね」
そうだね。人がいなければ階段飛び降りたりできるもんね。普通そこまでして追いかけないと思うけどね。私も日直の片割れがサボったことはあるけど、そこまでしなかった。下駄箱に先回りして今日の感想書かせただけだ。
「そう言えば今日のお夕飯なに?」
「ロールキャベツ作るつもり〜」
「へぇ〜」
「お兄ちゃんには卵雑炊」
「兄さん食べるかなぁ」
「少しは食べないと。最悪無理やり口に突っ込むよ」
弟がとても強引。……体調崩さないようにしよう。
洗濯物も畳終わり、圭がもう直ぐ夕飯ができるというので、一度兄に声をかけに行く。
「兄さん、もうすぐお夕飯だけど、食欲ある?」
「…………食べたくない」
「その場合圭が雑炊を口に突っ込むらしいよ」
「少し食べる」
そう言って兄はゆっくりと起き上がる。ついでに冷えぴたを取った。
「兄さん寝不足? 風邪ではないよね」
「たぶん。すごく眠い」
「あのあとも夜更かし続けたんでしょ」
「…………」
図星か。
黙り込んだ兄の手を引いて階段を降りる。凄く良い匂いがする。
「あ、お兄ちゃん大丈夫ー?」
「平気」
「そう? あ、雑炊食べられる? あれならリンゴもすりおろすよ」
「雑炊食べるよ」
「んー」
みんなで席について夕飯を食べていると、インターホンが鳴り響いた。宅配?
「夜遅くにごめんね?」
来たのは一宮さんだった。まだ制服姿だし、帰りに寄ったのだろう。いや、そんなことより。
「一宮さん…………なんかおつかれですね?」
一宮さんの笑顔に覇気が無かった。え、大丈夫? なんかやつれてない?
取り敢えず一宮さんを家に招き入れる。夕飯は食べていないらしい
「宏和。…………なんかやつれたな?」
食事中の兄が一宮さんを見てそう言う。やっぱりやつれてますよね?
「はは。梓、これ今日の配布プリント。それとノートね。ノートは次の授業までに返してくれればいいから」
「助かる」
「少し顔色良くなったね」
「お前は顔色悪くなったな」
「…………ははは」
一宮さん、目が死んでるよ。大丈夫?
兄が一宮さんを席につかせたので取り敢えずお茶を差し出す。温かいやつです。
「宏和、今日親御さんは?」
「ん? …………あ、今日も遅いって」
携帯を確認した一宮さんが呟く。
一宮さんのご両親も共働きらしく、夕飯時にいないことが多いらしい。それを知ったうちの両親は夕飯時に一宮さんのご両親が帰ってこない日は家で食べていって良いと言った。というかうちの両親と一宮さんの両親が話して決めたらしい。まぁ一人での食事とか寂しいよね。ていうか双方の両親がすごく仲良しになっている。この間の休みには母親同士が二人で食事に出かけていた。お土産のお菓子美味しかった。
「じゃあ食べますね! 用意してきます!」
因みに圭は大人数の食事が好きなので一宮さんが一緒に食べるときは嬉しそうだ。
「……仕事、どうなってた?」
「先輩に押し付けておいたから安心しなよ」
うーん、なんか真面目な雰囲気。取り敢えず一宮さんの分の配膳手伝ってこよ。仕事って何だろ。
「ごちそうさまでした」
「また来てくださいね。……一宮さんもゆっくり休んでください」
「うん、そうするよ」
夕飯も食べ終わり、少し経つと一宮さんは帰宅する。それのお見送りに私は玄関の外にいた。
「兄は学校ではあれより顔色悪かったんですか?」
「皆の前では普通だったよ。いつもどおりの笑顔」
あぁ、あの外面。家では無表情がデフォだからなぁ。
「だから気がつくのが遅くなっちゃった」
ごめんね、と一宮さんが笑う。一宮さんが気にすることではないのに。
「いえ、気にしないでください。夜ですから、気をつけて帰宅してください」
「うん。……波留ちゃんも無理はしないようにね」
そう言って一宮さんは私の頭をなでてくれた。小学生が兄のように無茶をすることはそうそうなないと思うから安心してほしい。私は適度にサボるよ。




