二十七話 一年夏休み6
「君の家なんだね……」
「うん! 今日のおすすめはショコラパンだよ」
すいっと指さされたそのパンをトングで掴んでトレーに乗せる。おすすめなら買おうじゃないか。おいしそう。
「間切さんって家この辺だっけ?」
「電車で少し」
「え、じゃあなんで来たの? 嬉しいけど遠いでしょ?」
「知り合いにすすめられたんだよ。クッキー貰ったんだけど美味しかったから来てみた」
「本当!? 私の両親が作ったの! あ、甘いの好きならこっちのりんごのやつもおすすめだよ!」
「買う」
「わぁい!」
他にもいくつかのパンをトレーにのせて、レジへと向かう。対応してくれたのは槇原だった。
「ねぇ、間切さんこのあと暇?」
「暇だよ。強いて言うならこの買ったパンたちを食べるだけだよ」
「じゃあ少しお話しようよ! お母さーーん! レジ変わってー!」
「えっ」
いいわよ、と言いながら出てきたのは優しそうな女性。なるほど彼女が槇原母か。美人だな。
「あらあら、やよいのお友達?」
「クラスメイト! 間切さん!」
「あら、あなたがあの……。こんにちは間切さん。娘がいつもお世話になっています」
「間切波留です。こんにちは」
……あの、ってなんだろう。気になるけど聞いちゃいけない気がする。うん。世間話で出てきたんだろう。
「間切さんこっち!」
「2階が自宅なんだ」
「うん! お茶持っていくからそこの部屋で待ってて!」
そう言われて大人しく待つ。和室かぁ。畳いいな。うちにも畳あるけど、自室はフローリングだからな。
「間切さん、オレンジジュースとアイスティーとウーロン茶と日本茶とリンゴジュースどれがいい?」
「ウーロン茶で」
「はーい!」
ドタバタとお盆にお茶を載せた槇原が戻ってくる。眩しい笑顔。
「クッキーも持ってきた! 食べて!」
「いただきます」
笑顔で差し出されたクッキーを1つ摘み、口に入れる。あ、美味しい。紅茶味かな。
「……」
「……………………そんなに見られると食べ辛いんだが」
思わずもう1つと取ったクッキーを食べながら、視線を感じて顔を上げたらこれまた可愛らしい笑みを浮かべる槇原と目があった。サクサクと食べながら少しだけ文句を言えば、更に笑みを深くする。
「間切さんってよく餌付けされない?」
「……よく食べ物はもらうね」
「そっかぁ。ところでケーキ食べる?」
「いや、遠慮させてもらうよ。流石に」
「そっかぁ。ところで間切さん、これを見てくれないかな」
「?」
笑顔から一転、真面目な顔をした槇原が一冊の分厚い本を差し出してきた。何なのかと、それを手にとって開く。
イケオジの写真集だった。
私は静かに本を閉じた。
「……?」
「いや、折角話を聞いてくれる友達ができたから語ろうと思って」
「あ、はい」
「因みに今の最推しはこの人。まだ現役俳優でね……」
その後小一時間ほどイケオジの魅力について語られた。取り敢えず彼女の最推しが出ている映画が今度地上波で放映されるらしいので見てみることにする。
「そういえば、菊野先生はここの常連なの?」
「ん? 常連なのかな? 結構来てはくれるけど」
「そう。……槇原さんはやっぱり菊野先生みたいな年上のが好きなの?」
マシンガントークが一段落したところでそう問いかける。もし彼女の好みが菊野先生なら先生ルートに入る可能性が高くなるだろう。もしそれなら対策が立てられる。そもそも先生ルートは私達モブにとっては平和的なルートらしいし好都合だ。まぁ、勿論、他のルートに入る可能性だってゼロではないが。その時はその時。
私の問を聞いた槇原は少しキョトンとしてから満面の笑みを浮かべた。
「あと20歳くらい美しく年をとってくれたら好みかな!」
「……」
どのルートにも入りそうにないな……。




