十九話 1年1学期終業式1
終業式が終わったので明日から夏休みだ。
返ってきた成績も下がっておらず、取り敢えず一安心した。秋田くんも順位が上がっていたらしく跳ねて喜んでいた。因みに、今回の1位も辻村である。
今学期は何だかんだ何事も……無くはなかったけども、そこそこ平和に過ごせたので良かったと思う。本当に。夏休み明けもこの平和を維持していただきたいものだ。
「波留ちゃん、今年の夏休みはどっか遊びに行こうよ!」
「あ、うちの別荘くる……?」
「別荘あるんだ」
さすがお金持ち。
終業式も終わり、帰りのHRも終わった教室で早苗ちゃんたちと話す。
「結構良いよ。皆で泊まったら楽しいと思うし……」
「私達も泊まっていいの?」
「たぶん大丈夫」
「じゃあ泊りたい! 皆でお泊り!」
「波留ちゃんは……?」
「日程が合うようなら是非」
私が答えれば早苗ちゃんはほわっと笑う。嬉しそうで何よりだ。
「私まだ夏休みの予定わかんないから、家に帰ったら親に聞いてみる!」
「私も」
「三人で遊べるといいね」
「波留さん帰ろー」
「重い」
「失礼な」
声とともに私の頭に己の頭を乗せてきたのは秋田くんである。とても重い。
「あれ、2人は一緒に帰るの?」
「そーなのー」
「仲良いねぇ」
「まぁね! なんせ10年間同じクラスですから」
「来年はきっと別だな」
「夢がない」
「さすがに11年目は別だろう。……じゃあ二人ともまた連絡する」
「「またね」」
二人と別れ、秋田くんと帰り道を歩く。暫く教室で話していたからか、人通りは少ない。
「波留さんてさぁ」
「んー?」
「なんか約束事するときだけ、反応が鈍いよね」
秋田くんの言葉に私は足を止めた。
「……そんなに?」
「なんとなくそんな気がしただけ。当たった?」
「最近はもう何ともないと思ってた」
足を進めてまた秋田くんの隣に立つ。
小学校に上がる頃にはマシになっていたから、あまり気にしてはいなかったが、そうか。まだ治ってなかったのか。
「何か理由があるの?」
「私が死んだ時に関係する」
「……」
「私、いきなり死んだから、友達とか家族とかといっぱい約束してたんだ」
周りに人がいないのをいいことに、話をすすめる。
「死んだから約束は守れなかった。地味にそれが心残りだったんだろうね。昔は少しでも未来の約束をするとき『その時まで自分は生きているのか』って考えちゃって、うまく反応できなかったんだよね」
また自分は約束を果たす前に死ぬんじゃないか、と不安がよぎっていた。
別に約束が苦手とかではなく、ただただ不安になるのだ。
「なるほどねぇ」
「これはそこまで酷くなかったから数年で治ったと思ってたんだが……」
「まぁでも注意深く見てたりしない限り気が付かないと思う」
「そっか」
ならいいや。私をそんな注意深く見る人なんていないし。
「前世の記憶のせいで苦手になったものって結構あるよね」
「突然」
「波留さんなら約束事、それから……」
「夜の道、冬、その他諸々」
「大雑把。俺なら病院とかね」
それは初耳だ。
「君、病院苦手なのか?」
「死に際にいた場所ですし」
「あぁ……」
「あと病気に伏せっている人。他人の泣き顔。病気自体。この辺も苦手かなぁ」
「君も大変だな」
「お互い様でしょ〜」
そうだね、と頷きながら、ずっと気になっていたことを口にする。
「……秋田くん、リュックはどうした?」
「あっ」
秋田くんは今、手に鞄は持っている。が、彼は今日荷物があるからとリュックを持ってきていたはずだ。それがない。
私の言葉を聞いた秋田くんはそっと自分の方に手をやった。恐らくリュックの存在を確かめているんだろう。
「教室に忘れた!」
「取っておいでよ」
「そうする! 波留さん先帰っていいよ!」
「待ってる」
「波留さん最高!!」
「どうも」
走り去っていく秋田くんの背を見送り、私は辺りを見渡した。秋田くんが戻ってくるまでどうするか。
キョロキョロしているとどこからかカメラを切る音が聞こえてくる。それが少し気になって私はその音のする方へと足を進めた。
「……」
足を進めた先にいたのは槇原だった。彼女は地面に片膝をつき、携帯を構えている。そして彼女の目線の先にいるのはジャージ姿の理事長。
何をしているんだこの子は……。
その理解しがたい状況に頭が追いつかない。しかし何故だろう、今すぐここを離れなければいけない気がする。見てはいけないものを見たような。
そう思い、踵を返そうとしたら足元に枝が落ちていて、私はそれを踏んだ。パキリという小気味よい音が響く。ついでになにか硬い物体を落とす音と、それを蹴る音。そして折れた枝に目をやっていた私の視界に入る槇原の携帯。
私はその携帯を拾い上げる。勿論、槇原に返すためだ。
「……」
拾い上げた携帯の画面には理事長がきっちりと映っていた。勿論目線はこちらに向いていない盗撮仕様である。
あの場から動かずに秋田くんを待つべきだったと心底後悔した。




