十四話
「間切さん」
数学の授業終わり、呼ばれて顔を上げればそこには教科書を持った槙原がいた。
「槙原さん、どうしたの?」
「実は今日やったところでわからないところあって……」
どこ? と聞けば教材を広げてある1つの問題を指差した。先生が説明を省いてしまった問題だ。
「一応解いたんだけど、答えが合わなくて」
「見せて」
「ん」
ノートに書かれた彼女の答えを途中式も含めて目を通す。なるほど。
「ここ、計算間違えてるよ」
「あっ!」
「それ以外はあってる」
「あ~……」
納得したと同時に落ち込んだ槙原。まぁ、計算ミスに気がつけないこともあるさ。私だって足し算ミスしてそのまま気がつかない時あるし。
「ありがとう!」
問題が解けた彼女は眩しい笑顔を浮かべてお礼を言って去っていった。移動教室だったので移動しなければならない。
「仲良いね」
「重い」
彼女が去ったあと、のしりと座っている私の頭に頭を乗せた秋田くんが言う。重い。
「普通のクラスメイト、だと思うけど」
「そだね。次の授業生物だね」
「早く行かねば」
荷物を片付けて秋田くんとともに教室を移動する。生物は菊野春馬が担当している。なるべく目をつけられることは避けたい。
教室に行ったら菊野先生が大量の荷物を教卓においていた。その時点でなんとなく嫌な予感はしていた。
「……すみません、今日の日直の人、この荷物運ぶの手伝ってくれませんか」
むしろ来るときはどうやって一人で持ってきたのかを聞きたい。
そして今日の日直は私だ。もう一人の日直はどうやら爆睡しているらしい。机突っ伏していた。
席を立ち、教卓の方へ足をすすめる。
「どれを持てばいいですか」
「これをお願いします。…………持てますか?」
渡されたのは器具が入った箱。そこまで重くはなく、むしろ菊野先生が持っている他の袋等の方が重そうである。というか、私はこの重さのものすら持てないと思われたのか。もやしか私は。
「持てます」
「じゃあ生物室までよろしくお願いします」
荷物を持って生物室へと向かう。菊野先生は私の少し後ろを歩いてついてきた。前を歩いてほしい。
生物室までの最短距離を進み、無事何事もなく生物室へとたどり着いた私は扉の前で固まる。
箱が大きいため私は両手で抱えている。そして横開きの扉は閉まっている。どうやって開けようか。
…………足で開けるか。
少し考えてからそう決めて扉に足をかけようとした瞬間、何やら視界が暗くなった。
「足で開けるんじゃありません」
私の背後に立った菊野先生が手で扉を開けてくれる。どうやら私よりも身長が高い菊野が側に立ったせいで視界が暗くなったらしい。
「すみません」
「いえ、その荷物を持たせたのは私です。こちらこそ配慮が足りませんでしたね」
夏に会うお兄さんとはうってかわり、無表情のまま先生はそう言った。
「これどこに置けばいいですか」
「そこの机に。助かりました」
「いいえ」
荷物をおいて、壁際に置かれた水槽を覗く。中には可愛らしい魚が数匹泳いでいた。
「非常食ですか?」
「なんでそうなるんですかね」
「冗談です。可愛いですね」
「生物部の子たちで世話してるんですよ」
「へぇ〜」
他にもある水槽を覗くと様々な種類の魚類が飼育されているのがわかった。今まであまり見たことがなかったので楽しい。
「間切さん、ホームルーム遅れますよ」
「あ」
そうだった。ホームルームがあるんだった。
先生に一言挨拶してから教室へと向かう。
平和な、普通の日常とは良いものだ。
「ずっとこうだったら良いのにね。平和って素晴らしい」
「波留さんフラグって知ってる?」
「……」




