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脇役らしく平和に暮らしたい  作者: 櫻井 羊
高校生編
187/232

エイプリルフール Another

とても暗い。IFの話。本編とはなんの関係もないので。読まなくても問題ないです。



 それは今まで思い出したどの記憶よりも鮮明で、そして最悪なものだった。



 血に濡れた自分の両手。そこに握られた凶器。


 地面に倒れる女性。


 男はその女性に何度もソレを突き立てた。


 笑って。


 喜んで。


 この女を消せば最愛の女性と寄りを戻せると、そう考えて。



 女性が動かなくなったのでスキップするように軽い足取りで男は立ち去る。


 そこで夢は途切れ俺は目を覚した。


 心拍数が異様に早い。


 徐々にある男の記憶を思い出していっている。それはふとした瞬間に思い出すこともあるが、重要なことは夢で思い出すことが多い。今のように。



 今回思い出した夢。


 一人の女性を殺すそれは、どこか覚えがあった。


 ……そうだ、以前波留さんが話してくれた彼女の最期にそっくりなんだ。女を殺すに至った経緯も、殺した状況も、全て。


 あまりにも衝撃的な事実に、俺は懺悔するように波留さんにこのことを告げた。このことを告げられたときの波留さんは無表情のまま固まり、そして少しおいてから、


『へぇ』



 と呟いた。ただそれだけ。けれど俺を見るその瞳が今までにないくらいどんよりと濁って、薄暗くて、泣きそうになった。

 その後、波留さんと話して、俺が夢の中で得た殺した女の名前と、狂ったように愛した女の名前が、彼女の記憶の中にあるものと一致してしまった。



 それから一年たったけど波留さんは何も変わらず接してくれている。以前と変わらず一緒に行動して、遊んで、笑って……いや波留さん笑わないけど。そんな変わらぬ日々が逆に不安だった。だから、思わず口が滑った。


 二人きりの公園で、ベンチに座って。俺は口を開いた。


『俺が憎くないの』


 そんな無神経ともとれる俺からの問に彼女はキョトンとしてから、答えた。



『殺したいよ?』


 平然と言われたその言葉に俺が固まった。


『でもさぁ、世間が、法が、道徳や倫理が、それを許さないんだ』


 表情を変えず淡々と告げられる言葉が重くのしかかる。


『それに』


 静かな衣擦れの音とともに俺の頬に手が添えられた。男女差が出てきたせいか、俺よりも小さなその手に、夢で見た女性を思い出す。


『君は……秋田湊は私の友達なんだ』


 泣きたくなった。


『……君だって苦しんでいるだろう』


 殺人犯の男の記憶を保持しているんだ、常識のある君が耐えられるわけがない。


 波留さんから告げられた言葉に頷きたくなった。


 そうだよ。苦しいよ。俺は秋田湊だ。そこにいきなり俺とは違う男の記憶が蘇ってきて、しかも殺人犯で、波留さんを殺してて、でもなんとなくそんな男と自分は一緒な気がして、それが苦しくて気持ち悪くて辛くて。俺はあんなに狂ってないって思っててもどこかであの男と一緒なんじゃないかって考えてて、いつか自分もあの男みたいに人を殺すんじゃないかって不安になって、ぐちゃぐちゃで、死にたくなった。泣いて喚いていっそ狂ってしまえれば楽なのにと叫びたかった。


『私はあの男を許さない。あの男の記憶を保持する君も、正直殺したくなる。でも友達は殺したくない』

 頬に手を添えたまま、波留さんが言う。


『……だから』


 頬に添えられていた手が首筋に移動して、そして俺の肌に爪を立てる。チクリと、弱い痛みを感じた。


『…………私と一緒に苦しんで』


 歪な、泣きそうな顔で波留さんが笑っていた。



 そういえば波留さんの笑顔を見るのはこれが初めてだと気付く。夢で見た、前世の彼女の屈託のない笑顔と比べて、歪なそれ。そんな顔をさせているのが自分だと思うと苦しくなった。


 するりと離れていった波留さんの手。彼女が触れていた場所に自分の手を添える。血は流れていない。


 爪でつけられた傷は深くない。きっとすぐ治って消えてしまう。

 これとは違い、彼女が男につけられた治らない傷を思うとまた泣きそうになった。


この話の2人の設定


秋田湊:前世の記憶が主人公(前世)を殺した男のだった。本編よりも記憶を思い出すのが遅く、純粋な秋田湊の性格が形成されてしまっているので、男の記憶を自分と重ねられない。前世だと思えないし思いたくもない。でも前世っぽい。常識があるが故に苦しい。


間切波留:友人の前世の記憶が自分を殺した男のものだった。記憶がないときの秋田くんを知っているし、記憶を思い出したあともあの男とはだいぶ違うなと思ってるから何も出来ない。でも憎いし殺したい。でも友達は殺したくない。苦しい。


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