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脇役らしく平和に暮らしたい  作者: 櫻井 羊
高校生編
185/232

五話


 人生はうまく行かないし、世間は狭い。私は今それを実感している。



「生物を担当する菊野春馬です。よろしく」


 無表情で淡々と自己紹介を済ませるのはまだ年若い男教師。イケメン。まぁ攻略キャラなので当たり前だ。彼は髪色が黒になっている。


 ところで人間、髪色が変わると印象が変わると思う。篠崎のときも気がつけなかったし、仕方ないと思うんだ。



 鳩のお兄さんが菊野春馬だということに、私が気がつけなかったのは。




 教室に入ってきた彼をひと目見たとき違和感を覚え、声で気がついた。鳩のお兄さんだと。辛い。


 つまりあれか。私は知らず知らずのうちに攻略キャラの一人と仲良くしていたということか。世間狭すぎないか。公園で彼と出会って仲良くなる確率ってどのくらいだろう。相当低いはずなのにそれを引き当てる私はある意味すごいと思う。そんな運はいらない。それなら宝くじを当てたい。




 その日の授業を終えて、私は1言何か言うために鳩のお兄さんもとい菊野春馬がいるであろう生物準備室へと向かった。因みに職員室にはいなかった。

 何を言うにしてもたぶん理不尽なことになるだろうし、これからのことを考えると必要最低限の関わりで済ますべきだろうが、そうもいかない。心持ち的に。



 早足で歩き、たどり着いた目的の部屋の前で深呼吸してから軽くノックする。どうぞと許可を得たので静かに扉を開いた。



「……失礼します」

「いらっしゃい」


 部屋の中では白衣を着た菊野が椅子に座っていた。様になる。


「来るんじゃないかなって思ってたよ」

「……」

 じとっと睨み付ければ彼は優しく笑みを浮かべた。教室での無表情からは考えられないくらいの。


「……知ってたんですか」

「なにを?」

「私の素性とか」

「最初は知らなかったよ」

 扉を閉めて、その場から動かなかった私を質問に答えながら菊野は手招きした。用意されている椅子に座れということか。


「僕、高等部からこの学校に入ったんだよ。君に初めて会ったのは中学3年のとき」

「……」

「で、高等部からここに入って、演劇部に所属した」

「!?」

「僕、とことん君とは会わなかったからね。作業中の君を見つけて、先輩に訊いて君の名前を知ったよ」

 はははと笑いながらそんなことを言う菊野先生。演劇部所属だったとは。何度か学園祭でお世話になっているのに気が付かなかった。


「君の名前を知ったあとも特に言う必要がなかったから何も言わずに君と会ってた」

「……」

「で、大学を卒業して教師になって、そしたら偶然ここに就職できたんだ。去年からここで生物を教えてるよ」

「なんで生物なんですか?」

「鳩」

「はと」

「なんで鳩が僕に群がるのか知りたかったから」

 結局わからなかったけど、と彼は笑った。たしかにあの現象は謎だ。


 ところで、ここの中等部、高等部は校舎が同じ建物である。つまり私は去年、菊野先生と同じ校舎にいたわけで。


「なぜ気が付かなかったんだ……」

「僕去年は高等部の生徒しか受け持ってないからね」

 たしかにそれじゃ会わない。私も勉強にはそこまで躓いていないから質問にも行かないし……。いや、校舎内もしくは敷地内ですれ違ったりしただろう。なぜ気が付かない私。


「これからもよろしくね、間切さん」

「………………こちらこそよろしくお願いします………………菊野先生」








「というわけで菊野先生が知り合いだった」

『波留さん凄いな』

「世間が狭い……」

 家に帰ってやる事を済ませたあと、秋田くんに菊野先生の事を話したら軽く笑われた。畜生、他人事だと思ってるな。


「……人生が上手く行かない……」

『本当にね……! まぁ、お互い協力して頑張ろう!』

「そだね……」

『ところで明日暇? ちょっと助けて欲しいんだけど』

「明日は暇だけど……どしたのさ」






『離に招かれたんだ! いやぁ、波留さんも誘ってって言われててさ! 一人じゃ心細いし! 明日一緒に離に行こ〜』




 頭の中に死なば諸共という言葉が浮かんだ。

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