おまけ3 間切梓
主人公が1年生の時の話。
寒い冬が終わり、3月にもなればだいぶ暖かくなってくる。
今日は高校3年生を送り出すパーティーだ。
とあるホテルの会場を借りて行われるそれに、生徒会の高等部の生徒は手伝いとして参加する。
正直に言おう。帰りたい。帰って妹たちと遊びたい。
「間切くん退屈そうだね」
「会長。………………なんですかそれ」
「じゅーす。飲む? 美味しいよ」
どうやらこのパーティーを満喫しているらしい会長は手に持っていたジュースを差し出してきた。いらないです。
「間切くんこういうの苦手だっけ」
「苦手ではないです」
親に連れられてこういうパーティーには何度か出席したことがあるし、苦手意識はない。俺が嫌なのはパーティーではない。
「あぁ、あの人が嫌なの?」
「……………………別に……」
「気に入られてたもんね〜」
ニヨニヨとからかう様な笑みを浮かべる会長。凄く殴りたい。
壁の側で立ちながら会場内を見渡す。卒業生は楽しく仲間内で談笑しているようだ。
「それにしてもあの人なんで間切くんがお気に入りなんだろう。……なんで?」
「見た目」
「わーお」
俺の答えに会長は苦笑いを浮かべた。
「間切くん」
耳障りの良いテノールが聞こえてきた。あぁ、くそ、見つかった。
「……前橋先輩、こんちには。ご卒業おめでとうございます」
「ありがとう。今日妹さんはいないのかな?」
「いません。この手伝いには高等部の生徒会しか来ませんから。ご存知でしょう?」
前生徒会長。
「そうなんだけどね。人数も少ないから来るかなと期待してたんだけど……そっか。そうだよね」
明らかに落ち込まないでほしい。落ち込まれても絶対に会わせないけど。絶対に。
「まぁ仕方ないね。間切くん、今日は楽しんでいって」
「はい。先輩も楽しんでください」
「そうするよ、じゃ」
会話が済むと前橋先輩は去って行った。良かった。今日は落ち着いている。
「間切さんってあの人と面識あったっけ」
「幼い頃同じパーティーに出席しただけです」
「へぇ。あ、はいこれ。ジュース。リンゴ味」
「ありがとうございます」
話してたら喉が乾いたのでありがたく頂戴する。甘い。
「間切くんあの人にも猫被らないよね。そんな問題児だっけ」
「あの人には被らないでって頼まれたんですよ」
「素の方が良いもんね」
うんうん、と会長が頷く。間違ってはいない。間違ってはいないが。俺が前橋先輩に頼まれた事柄はこうだ。
『猫なんて被らず、その素の冷たい視線を僕に向けてくれないか』
前橋先輩は軽い被虐趣味の持ち主である。
因みにこれを知っているのは俺と会長くらいだ。巧みに隠してるから、あの人。
「で、なんで間切さん気に入られてるの?」
パーティーに飽きたんだろうかこの人。やたらと興味津々といった感じに聞いてくる。まぁ俺も暇だったので良いが。
「その昔行ったパーティーで……」
昔行ったパーティーには俺と波留、圭の三人も連れられていた。俺はいつも通り笑顔を浮かべ、圭も初めてのそれに楽しそうにあたりを見渡していた。そして波留。波留も珍しく笑顔を浮かべていた。
だが波留は波留だ。周りに人がいるときは笑い、周囲に合わせるが、一人になった途端無表情になる。本当に同一人物かと疑うレベルで。そして、同じパーティーに出席していた前橋先輩はその瞬間を見ていた。彼は一人になった途端無表情になった波留を見て。
「ツボったらしいですよ」
最高だと、気に入ったらしい。他人の好みというのはよくわからない。
「間切さんって笑うんだ」
「必要に迫られれば」
はは、と笑えば会長に大丈夫かと問われた。大丈夫だ問題ない。
兎にも角にも、そんな話を先輩から聞いた俺は絶対に妹と彼を会わせないことを誓った。妹の交友関係やらなんやらに口出しはしたくないが、これはだめだ。絶対に。
「というわけで、先輩の本命は妹です。絶対に会わせない」
「その台詞だけ聞くとただのシスコンだよね。にしても間切さんモテモテ〜」
「そうですね」
「なんでだろーね」
「可愛いからでしょう?」
「そういえば間切くんシスコンだったね」
何を今更。
軽く雑談しているうちにパーティーは進んでいく。これが終わったら片付けを手伝ってさっさと帰ろう。勉強もしたい。
「兄さん」
「!!!!」
「間切さん?」
「会長こんにちは」
いつの間にか隣に妹がいた。何故いる。いや待て、なんか少し離れたところに弟もいる。なんで。いやまぁそれはいい。あとで聞く。それよりも。
「波留、今すぐここから出よう。外の空気を吸いに行こう」
「え、でも今来たところで」
「俺が吸いたいんだ。ついてきてくれ。あぁ、圭も一緒にな」
頼むから。あの人に見つかる前に。
急いで二人を会場の外に連れて行く。
「間切くん」
行けなかった。くっそ。見つかるのが早すぎる。
「……………………なんですか、前橋先輩」
「その子達は?」
知ってるくせに。
しかし聞かれたら答えないわけには行かない。答えたくない。
「……妹と弟です。波留、圭。こちらは去年の生徒会長」
「間切波留です」
「間切圭です」
「よし行こう」
「間切くんそんな急がなくても」
貴方の顔が嬉しそうだからさっさと逃げたいんですよ。波留と会ってテンション上がってるな? っていうか俺の態度にも喜んで……。考えないようにしよう。
「……」
「……」
何か話してほしい。っていうか嬉しそうにするな。逃げたい。あと会長はそんな楽しそうにこちらを見てないで助けてくれ。
「兄さん?」
「…………波留、不甲斐ない兄でごめん……」
「兄さん疲れてる?」
「お兄ちゃん大丈夫?」
二人が心配そうに俺を見上げる。大丈夫……。まだ大丈夫。
「妹さん、ちょっと僕を見下してみない?」
「アウトです先輩」
ちょっとは包み隠してほしい。いつもの擬態はどうした。
波留はどんな反応をしているのだろうと、ちらりと横目で波留を見る。
「……」
『何言ってるんだコイツ』という感情がありありとでていた。因みに圭はそんな波留を守るように波留の斜め前に立っていた。
「冗談だよ。二人はどうしてここに?」
「…………ここは家から遠いので、兄を迎えに」
母も一緒です、と警戒したままの波留が答える。あぁ、なるほど。車で迎えに来てくれたのか。
「警備の人も中に入れてくれたので、ついでに手伝うことがあればと」
「良い子だね」
「波留、圭。もうすぐ終わるから車で待っててくれ」
「うん、そうするね! 失礼します!」
「失礼します」
波留は圭に手を引かれて、圭は先輩を警戒しながら会場から出ていった。
「自分より年下の子にあんな視線を向けられるなんて……」
「……」
「良い……!」
帰りたい。




