おまけ Side R
「東雲さん、もしかして何かした?」
二人で役職引き継ぎの話をしていると、唐突に先輩がそんなことを言ってきた。
「なんの話ですか?」
「戸柄」
「しましたよ」
短く答えられたそれにこちらも簡潔に答える。確かにした。
「そう。何をしたのか聞いても?」
「相手が泣くまで話あって、ついでに両親にも手伝ってもらいました」
「君が両親に頼むとは珍しいね」
「使えるものは使う主義なので」
先輩からの質問に答えながらも書類に目を通す。
確かに私が親に頼むことは少ない。自分でできることは自分でやってしまうし。しかし使えるものは使う。今回は私一人ではどうにもならなかったので親に手伝ってもらったのだ。
「そう」
「詳しいこと聞きます?」
書類から顔を上げて尋ねたら先輩が首を横に振った。
「聞かないほうが良い気がするんだ」
「そんなことないですよ。というか、当事者の一人なんですから聞いてください」
「はい」
先輩が観念したので私も話を始める。
「とりあえず、倉庫の件の後私は戸柄先輩と6時間耐久の話し合いをしました」
「うん」
「そして、色々と確認をしました」
「確認?」
「高校に上がる前、彼女にはある縁談が舞い込んできました。そのお相手は彼女の家よりも格上のとこの次男。断る理由もなく両親は承諾。しかしその男に数度会った彼女は絶望しました」
「その男は外面は良いけれど、女癖はたいそう悪く、また暴力的な面もありました。彼女何度か見えないところを殴られたらしいです。そして、その結婚を破棄しなければ自分に未来はないと悟った彼女は考えます」
「こちらから婚約破棄できないのであれば向こうからしてもらうしかない。けれど、そんな都合良くは行かない。ならばせめて自由な間だけでも好きに過ごしてしまおう、と」
「彼女は今まで隠していた感情を表に出すようになりました。ついでに異常な女の行動をネットで調べて、それを参考に行動を起こしました」
「そして、倉庫の件でうまいこと私にそのことが露呈。私からの干渉で婚約は破棄。彼女にはもう異常な行動を取る理由もないのであっさりと引き下がりました」
簡単に、短く内容を話して一息つく。お茶が美味しい。
「なるほどねぇ」
「ちなみに、婚約破棄するその場にいたのですが、凄かったですよ」
「何が?」
「相手の両親の許可を得てから、戸柄先輩が相手の男を殴りました。あれはスッキリしましたね」
「……」
戸柄先輩はボクシングをやっていたらしい。いい感じに相手の顔を殴っていた。あれはスッキリした。
「まぁ、経緯とかその他諸々の説明は以上です。他に質問は?」
「ないかな」
「では、先程の続きを」
「ん」
二人でまた書類に目を通し始める。
戸柄千依。今回の騒動の主犯。昔、まだ私がここから少し離れたところに住んでいたときにお世話になった先輩。幼稚園生の時だったけど。
戸柄先輩が間切さんたちを閉じ込めた事がわかったあと、私は何故か一緒に閉じ込められていた相良先輩に事情を聞いた。先輩は知っていることを全て話してくれた。あの人、戸柄先輩の婚約者の素性も全て知ってたんだけど、どういう情報網をしているんだろう。
戸柄先輩と話し合う時間を設けて今までの行動の異常さを話したら「わかる」という顔をされた。事前に相良先輩から聞いていた話のこともあるのでそれも含めて長時間二人で話し続けていたら最終的に戸柄先輩に泣かれてしまった。相当、その婚約が嫌らしい。けれど親はまともに取り合ってくれないという。まだ殴られてできたアザが残っているというので見せてもらったが凄く痛々しくて見ていられなかった。
そして、相良先輩からの情報をもとにさらに情報を集めるため親に相談してその手の専門家に頼んだ。そしたら立派な証拠がたくさん集まったのでこれまた親に頼んで両家の両親、本人を一所に集めてもらった。そして証拠を見せた。大人四人は青褪めて、戸柄夫妻は娘を抱きしめて謝っていた。
暫くして、大人が落ち着いたところで戸柄先輩は相手の親に了承を取ってから男をぶん殴った。男は軽く飛んだ。
「このクソ野郎」
そう言った彼女の表情は今までに見たどの笑顔よりも美しかった。
因みにその時私の脳裏に浮かんだのは、まだ幼稚園生の頃の彼女の笑顔だった。彼女は外にいるときはずっと笑顔だった。
全て終わったし、私が手出しできる問題は終わったので、私は彼女に話しかけた。
「今度お菓子食べに行きましょう」
凄く不思議そうな顔をされた。
今度二人でビュッフェに行く予定である。楽しみ。完璧に失恋したらしいのでそれの愚痴でも聞こうか。




