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脇役らしく平和に暮らしたい  作者: 櫻井 羊
中学生編
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78話 見舞い3



 暫くして、秋田くんは少しだけ顔を上げた。


「落ち着いた?」

「地面に埋まりたいぃぃいい」

 どうやら私の前で泣いたことが恥ずかしいらしい。


「まぁまぁ。写真には収めてないし問題ないよ」

「収めてたら速攻で消してたよ……」

「ビデオには収めたけど」

「はぁ!?」

「冗談だ。カメラは鞄の中」

 顔を上げた秋田くんの目元をハンカチで軽く拭う。


「自分の最期を思い出して混乱してるんだよ」

「波留さんもこんな感じたったの?」

「まぁ、泣いたよね。親が困惑してたよ。それまで全然泣かなかった子供が毎日泣くんだもの」


 兄まで心配そうにしていたなと、懐かしくなる。少し落ち着いてきてからは場所を選んで泣くようにしていたけれど。誰もいない部屋で一人で静かに泣いていた。


「波留さんは凄いなぁ」

「なにが」

「こんな苦しいのを、独りで耐えてたんだもんなぁ」

「意外とできるものだよ」

 対処法さえ知っていれば、だけど。私は知識で知っていたからそれを駆使して対処したに過ぎない。


「そうかなぁ……」

「そうだよ。秋田くんは時間をかけてゆっくりその記憶と向き合えばいい。私は話を聞くことしかできないけれど」

「そっか」

「ん。無力で申し訳ないね」

「いてくれるだけで充分だよ」

 そうか、と頷いて口を閉じる。二人とも口を噤んだまま、時間が過ぎていった。




「俺さ」

「ん?」

「まだ、俺が誰なのかわかってないんだよね」

「記憶喪失?」

「違うよ!? ……前世の記憶がない時間が結構長かったから、今の俺を『秋田湊』って言っていいのかわからないんだよ」


 あぁ、そういえば前も言ってたな。


「まぁ、君は君だし。それもゆっくり自分の中で答えを見つけていけばいいと思うよ」

「……」

「なにかね」

「波留さんって、結構てきとーだよね」

「深く考えたところで深みにハマるだけだよ、こういうのは」


 私だって自分が何者か考えなかったわけではない。

 以前の私より幾分小さいように感じる己の手を眺めながら口には出さず、ボーッと考える。



 私は生まれたときから記憶があった。初めの頃はここを夢だと思い込み生活をしていたから、精神的な面を考えればその時私は『間切波留』ではなかったのだろう。


 しかし、暫くしてここが現実だと受け入れた。


 では、その時点で私は『間切波留』なのか? 自分の名前や姿に違和感を覚えるのに?


 ならばその違和感が消えた時初めて私は『間切波留』になるのか? それはいつだ? 気がつけば違和感は消えていた。明確な時期などわからない。では、私は何時から『間切波留』になったのだろう。寧ろ今この時点で私は本当に『間切波留』なのか? それはどうやって証明するのだ。


 精神的なものなど、考えるだけドツボにはまるのだ。哲学的なものに明確なただひとつだけの答えなどあるものか。


 明確なのは、この身体が今の両親から受け継いだ遺伝子で構成された『間切波留』のものだというだけだ。戸籍上、私はこの世に生を受けた瞬間から『間切波留』なのだ。


 とまぁ、こんなことを考えてもキリがない。もう自分が満足したところで切り上げるしかないのだ。私は残念ながら哲学者ではない。そんなことを考えている暇があるのならこの世界に慣れるべきだろう。


「そのうちなんとかなるよ」

「そうかなぁ」

「そうだよ」

 時が解決することもあるさ、と秋田くんの頭をもう一度撫でた。


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