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68話
声のした方へ振り返ればそこには制服を着た、戸柄先輩が立っていた。
暗くて誰もいない夜道。
冷たい空気。
親しい人に付き纏う人。
あの夜を連想させるものばかりだ。
「……こんばんは」
挨拶を返せば戸柄先輩は優しく微笑んだ。
彼女の手には鞄以外握られていない。その事実に静かに息をつく。
「こんな時間に、どうかなさいましたか」
「予備校の帰りなの」
「そうなんですか……」
「間切くんは大丈夫?」
「私からはなんとも」
「……貴女は、お兄さんと仲が良いわよね」
なんの脈絡もない言葉に驚き、何も言葉を返せなかった。いきなりなんだというのか。
「世間一般から見たら仲の良い兄妹でしょうね」
「えぇ。間切くんは貴女を本当に大事にしてるわ」
あ。
「羨ましいくらい」
目が。
痛い。
違う。あの男じゃない。傷はない。あの男は、この世にはいない。
上がる呼吸を抑えながら、痛む気がする腹部を抑えながら、真っ直ぐその人を見据える。
「本当に羨ましくて、妬ましい」
その人が1歩近づいてくる。
私は1歩下がる。
苦しい。
「姉さん」




