64話
習い事から帰ると、まだ兄は帰ってきていなかった。
戸柄先輩に付きまとわれなくなってから数日、私はいつも通りの日々を過ごしていた。昨日は久々に理事長と土いじりをした。今度さつまいもをくれるらしい。
今日は習い事の日だったので道場に行けば、先生から「梓、体調悪そうだったけど大丈夫か」と言われた。先生からみても顔色が悪く見えたらしい。普通を装っていたが、あれはヤバイと。そして習い事を終えて家に帰ってきたはいいものの、家には圭しかいない。もう完全下校時間も過ぎているというのに、兄が帰ってきていないのだ。
「圭、兄さんは?」
「まだ。……あれ、ちょっと遅いね?」
時計を見上げた圭は首を傾げる。いつもならもう帰ってきている時間だ。
「何かあったのかな」
「体調も悪そうだし心配だね。僕ちょっと走ってくるついでに学校寄ってみるよ」
「私も行こうか?」
「ううん。姉さん、暗い道苦手でしょ。護身道具も持ってくから平気。あ、洗濯物まだ畳んでないからそれだけ頼んでいい?」
「もちろん。気を付けてね」
「はーい」
ランニングする用の靴を履き、圭が家を出ていく。さて、私も軽くシャワーを浴びて、洗濯物を畳むかな。
「ただいまー」
「おかえり」
「兄さん見つけた〜。生徒会室で寝てた〜」
「その格好で学校に侵入したの?」
「ちゃんと正門から堂々と入ったよ」
まぁ、何事もなかったなら良いか。
家に帰ってきた圭の後ろにはぼーっとしている兄がいた。眠いのかな。
「兄さん」
「ん」
「眠い?」
「いや……?」
とても眠そうだ。反応がいつもの数倍遅い。さっさとご飯食べさせて寝かせよう。
兄の手を引けば兄はゆっくりとそれについてきた。だめだ。相当キてる。圭に夕飯の準備を頼んで、兄を部屋へと連れて行った。ところで兄から受け取った荷物が鉛のように重いんだが。何入れてるの? 筋トレでもしてるの?
部屋について、兄に着替えを促す。先程よりは機敏に動く兄の顔色は相変わらず頗る悪い。
兄の着替えを覗く趣味はないので廊下で待っていれば、持ったままだった兄の鞄の中で何かが震えた。携帯だろう。少し放置してみたが振動が止まないので恐らく電話なのだろう、と携帯が入っているであろうポケットからそれを取り出す。そして発信者の名前を見て、もう一度鞄にそれを戻した。
発信者は戸柄千依だった。無視するのが一番だろう。放置。
「着替え終わった……ごめん、荷物……」
「ん。ご飯食べよ」
「あぁ…………おっもっ!」
荷物を手渡したら兄が崩れ落ちた。それ、貴方がさっきまで持ってた荷物ですよ。崩れ落ちた兄はどうやらもう目が覚めたらしい。すぐ立ち上がって荷物を部屋においてきた。
「電話、よくくるの?」
「まぁ、そこそこ?」
「ふぅん」
そこそこの頻度で着信履歴画彼女で埋まってしまうものだろうか。
「無理しないようにね」
「大丈夫」
圭が作った夕飯をいつもの半分くらいしか食べなかった兄は次の日に熱を出した。
大丈夫、という言葉は信用してはならない。




