間切梓2
「私を突き落とした気分はどう?」
波留が秋田くんとともに去っていった保健室で、保健医の診察を受けながら会長が言う。淡々とした、冷たい声。
「……」
連れてこられた女は何も答えずに俯くだけだ。手を固く握りしめているのが見える。
「君は随分と考えなしみたいだね。私を突き落としたのも衝動的にやったんだろう。でなければ間切くんたちがいる時にやるはずがない」
「……」
「私が一人の時にやれば逃げられたのにね。……凛太郎を突き落としたときにそうしたように」
会長のそばに佇んでいた東雲さんがゾッとするほど冷たい視線を女に向けた。俺は相変わらず無表情の会長を眺める。美形の無表情はなんでこうも恐怖を煽るのか。
「君のことは凛太郎に頼まれてたんだよ。あと少しだけ、やり直す機会を与えてやれって」
あぁ、だから会長は新聞部部長が入院したあとも何もしなかったのか。きっと彼の言葉がなかったらすぐ行動に移していたんだろう。
「だから暫く様子を見た」
「悪意に塗れた記事を書く君に、注意だけで済ませた」
「でもね、それは私や間切くんを標的にしていて、尚且つ私達があの記事になんとも思わなかったからだよ」
会長が淡々と言葉をつなげる。
「それに対して、この間の記事は駄目だ。あれは書かれた人が君の作った偽りだらけの言葉で傷ついていた」
「偽りなんかじゃない!」
ここで初めて女が口を開いた。元気なことだ。
「偽りだよ。殆どがね。だって赤坂くんはあの後すぐ教室から出たもの」
「なっ……だってあの人たちは時間がかかるって」
「あぁ、やっぱり君も関わってたんだね」
女の身体がビクリと固まった。
「そんな気はしてたんだ。……ところで君知ってる?」
「……」
「あの教室にいた女二人がどうなったか」
保健医による診察が終わったのか、会長は腕や足を軽く動かしながら女に訊いた。
「転校したよ。自主的に。私が知ってるのはそれだけなんだけどね。転校する前に親交えて赤坂くんの家の人と話し合ったみたいだよ」
「……」
「顔色が悪いね。……なんで? だって彼女たちがやったのは犯罪だよ? 罪を問われるのは当たり前じゃないか」
女の顔色がどんどん悪くなる。ここまで怯えていると普通なら同情でもしそうだが……全く無いな。特に何も感じない。
「君も企てた仲間なら、君のこともあの人たちは許さないだろうね。大事な息子を傷つけられたんだ、当たり前だよね」
「……まぁ君は実行犯ではないからね」
「じゃあ……」
「でもあの新聞書いてるからね。名誉毀損、とか言われると思うよ。被害者である彼を、ありもしないことを書いて加害者に仕立て上げたんだ。あの記事のせいで彼に対する周りの態度はどうなったと思う?」
「彼をよく知ってる人間ならあれが嘘だってわかるけどね、彼の名前だけを知ってる人間からすればあれが彼の人柄について判断するものになる。そんな人たちは彼を責めるんだ。デタラメの記事で、彼の評判は落ちたわけだ」
「しかも君は凛太郎と私を階段から突き落としているしね。私達が死んでたら殺人だったよ?」
「階段から落ちただけで死ぬわけがない? 死ぬよ。頭でも打てばころっと。当たり前だろう」
女はとうとうその場にへたり込んだ。
「今回のことは間切くんと東雲さんが見ていたから、確実に問題になるよ。新聞記事のこともね」
「覚悟しておくといい」
ニコリと、優しい笑みを浮かべた会長が告げる。うっとりするほど綺麗な笑みだ。
暫くすると彼女の担任がやってきて女を連れて行った。あ。
「会長を突き落としたことについて謝らせるの忘れてました」
そのために連れてきてもらったのに。
「いいよいいよ。どうせ心から謝るわけじゃないし、そんなのもらっても仕方ない」
「そうですか」
「それにさっきので少しスッキリしたし。さて、生徒会室に戻ろうか。先生ありがとうございました」
「ちゃんと病院に行くのよ」
「はい」
三人で保健室を出て、生徒会室に向かう。ところで先程から東雲さんが一言も話さないのだが。
「東雲さん? さっきから喋らないけど……」
「あぁ、いえ。口を開くとあの女を思いつく限り罵倒してしまいそうだったので……正直まだ怒りが収まらなくて」
にっこり笑って答える東雲さん。……東雲さんは怒らせないようにしよう。なんか怖い。
「え、あの女? 凄くどうでもいい。これでなんの罰も反省もなしにのほほんとしているのなら怒るけど、ちゃんと罰せられるんでしょ?」
家に帰って、俺に何も聞かない波留に「あの女のこと気にならないのか」と聞いた結果がこれだ。まぁ罰せられるんだが。我が妹ながら中々……なんというか、適当だな。
「ところで今日の夕飯は餃子なんだけど、良い?」
「僕も包んだんだよ!」
「楽しみだ」
今日も妹と弟が可愛い。




