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第六十五話・幹部出陣

 第三回戦、残ったカードはあと二枚。字一がどちらかを選択すれば終了となる。


(……この時点でまだ出ていないカードは、9とクィーン。相手がキングならどっちを出しても負けてしまう)


 字一が9を引けば22、クィーンを引けば25ポイントが直人に加算されてしまう。


(そして残った方の数字で倍数が決まる。12倍になることだけは避けなくてはならない)


 カードを見、やがて片方を選択する。字一の偏才は的確に目的のカードを引き当てた。


「クィーンだ。三回戦、勝者はお前だな」


 ――おお、結構大きいぞ。ギャラリーの誰かが感想をもらした。どうやら、観戦しているうちにルールを理解してきたらしい。


「……俺の合計は31」


「僕は50です」


 その差は19。最後のカードは当然9だ。


「19かける9は171。これで二回戦までのマイナスを帳消し、さらに141の儲けを取ったことになったな」


 出来るだけ冷静になろうと、声の調子を落としつつ、字一は計算した。だが、額に浮いた汗は隠しきれない。


(なんてことだ……。たかが100や200程度の負けなどどうということはないが、この俺があんなイージーミスを犯すとは……。正常に頭が働いていない)


 スーツの男がシャッフル済みのカードをディーラーに手渡し、四回戦のカードが並べられた。


(勝ちすぎるわけにもいかない。かといって、このままコケにされ続けるわけにもいかない。……どうすればいいんだ)


 もっとも字一の頭を悩ませているのは、直人がイカサマをしているのか、していないのか、ハッキリとわからないことだ。


(この場所を選んだのも、ディーラー役の男を選んだのも俺だ。そしてカードにガンもついていない。イカサマはどこにもないように見える……が、何も考えずに勝負しているようにも見えない。何か勝算があるからこそ俺に挑んできているはずだ)


 さっきから同じような思考ばかりが字一の脳内を巡る。まるで自分一人だけが周囲の世界から隔絶され、深い霧のなかにいるかのように。




「……何か、起こっているようだな」


「ん?」


 暗く、狭い離れ座敷の中で、元彦はつぶやいた。


「見張りの組員達がなにか話し合っている。少し緊張した様子だ」


「聞こえっとですけ?」


 光助と元彦は、鳴峰組の離れ座敷にて謹慎の処分を受けていた。いや、幽閉と表現した方がいいのかもしれない。四畳半の部屋に昼夜閉じ込められ、トイレ以外では外に出ることが出来ない。食事も、朝と晩に運ばれてくるのみだ。数か月の謹慎を終えたら、本格的に組の下っ端構成員として働くことが義務付けられている。


「世に蔓延る引きこもり連中なら、かえって喜ぶ環境かもしらんな」


 最初は軽口を叩いていた光助も、三日を過ぎると気分が陰鬱になってきていた。


 元彦の方は孤独に慣れている。皮肉なことだが、二年間の隠居生活が元彦の精神を強くしていたのだ。そして、鉄の部屋の恩恵はそれだけではなかった。


「電話でしか人との交流がなかったせいか、聴力が鍛えられたらしい。この座敷から3メートルほど離れたところで、二人の男が会話している」


 そう言われて耳を澄ますと、確かに人の声が聞こえる。しかし、会話の内容は光助には聞き取れない。


「何て言うちょりますか」


「俺も完全には把握できないが……緊急事態というか、何か不審な出来事が起こっているらしいな」


「緊急事態? まさか、ジョー達やねぇですかね……」


 昨晩、二人の解放を賭けて丈二が字一に挑んだことは、二人も聞かされていた。当然その勝敗も。


「別ん殺されるわけやねっちゃし、アイツらが無理せんでんいいっちゃけんなぁ……」


「ああ。彼らが俺たちのために傷つくのは、耐えられないな」


 そう言うものの、昨晩の勝負が始まったという報せを聞いたとき、二人は淡い期待を抱いていた。組の力は決して甘くはないと知りつつ、心のどこかで勝利を祈っていたのだ。


「まこつ(本当に)、いいダチを持ったわ」


 結果的に力は及ばなかったが、助けようという気持ちが嬉しかった。


「待て、光助。少し静かにしてくれ……」


 元彦が耳を澄まして集中すると、少しだけハッキリと声が聞こえるようになった。


『――が、なに――』


『字一さん――はず』


「字一……? 奴に何かあったのか?」


 さらに、会話している組員へと近付く足音が聞こえた。二人分だ。


『連れていくぞ』


 聞き慣れている声のためか、その一言は確実に聞きとれた。


「ッ! 父さんだ!」


「じゃあ、もう一人の足音はおりゃん親父け……?」


 まさしくその通り、座敷に近付いて来たのは、鳴峰組の二大幹部・風三と九断であった。閉じた雨戸に向かい、声をかける。


「二人とも、出て来い! 話がある」


「また説教け……」


 明らかに嫌そうな表情で光助が立ち上がり、元彦も続いた。雨戸をあけ放すと、二人の父親が手にスーツケースを持って立っていた。


「なんね」


「今すぐ着替えろ。出かけるぞ」


 スーツケースを座敷内へ投げ込み、そう言い放った。


「出かける? どこへ連れていくつもりですか」


「行けば分かる」


 それだけ言って風三は雨戸を閉める。


「……従うしかないな」


 五分後、スーツ姿に着替えた元彦と光助、そして二大幹部を乗せた車が、鳴峰組の本部から夜の街へと出て行った。

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