第三十四話・逃亡劇から再会へ
直人の案内を頼りに、二人は丈二のいるであろう場所へと向かっていく。その後を追う俊は、攻撃の機会が訪れないことでますます怒りが募ってきていた。
「……ヤロウ、なんで俺たちに気付きやがったんだ? カンが鋭いのかっ!? あんなに警戒されちまったらこれからも復讐のチャンスなんて来ねぇぞッ!」
顔中に焦りの色を浮かべるが、状況は好転しそうにない。
「しかもアイツら、よく見るとどこかに向かってる行ってるぞ。闇雲に人の多いところを歩いているだけじゃねぇ! あれは目的を持った歩き方だっ!」
そうなるとますます都合が悪い。どこに、なんの目的で行くのかはわからないが、間違いなく自分に不利なことになるだろう、ということは想像できる。
「ちくしょう、どうすりゃぁ……」
前を行く二人が角を曲がった。俊がその角に追いついた時――。
「お、おお! イケそう!」
先ほどの大通りより、人の数が少なくなっていた。直人達の他にも数人の人間がいるにはいるが、みな何かしらの用事のために足早に急いでいる者が多く、多少の騒ぎになっても大丈夫だろう、と俊は判断した。
「もうガマンの限界だ。ハツ!」
「ワン!」
「いいか? 一般人にゃあ迷惑かけるなよぉぉ……。一般人巻き込んだのバレたら、後であざー先輩に怒られるからなぁ」
「ワウ」
「ただし、あのチビは例外だぜ。アイツはもう敵の偏才どもの味方だしな。チビと平崎結子……。この二人に素早くかみつけ! 特に足をだ」
そう言い聞かせながら、犬の頭をなでる。
「最初に足を攻撃すれば、敵は動けなくなる上に立ち上がれないことで恐怖心に駆られる。奇襲して一撃を決めれば勝ったも同然。あとはやりたい放題だ」
「ワン!」
一声吠えると同時にハツは飛び出した。長い四足がアスファルトの道路を蹴り、細くしなやかな体を弾丸のように力強く飛ばしていく。
「ガゥアッ!」
叫び声をあげると同時に牙をむき出し、背中を向けて歩いている結子の脚へとかみつく。……つもりだったが、一瞬ターゲットは回避していた。
「やっぱり、犬がついて来てたのね」
「この犬、この前のヤツとは違うよ!」
結子はボールを構え、ハツに向き合う。周囲の人間は少しの間だけ二人と一匹に視線を送っていたが、各々の都合のために急いで通り過ぎて行った。そしてしばらくの間、結子と直人、それに俊とハツだけを残して人通りが途絶えた。
「ガウ……」
ハツは攻撃が失敗したことに驚き、体勢を立て直して低いうなり声をあげる。
「作戦そのニ、成功ね」
結子が微笑みながら言い放った。
「このまま丈二君のところに行くってのもいいんだけど、その前にチャンスがあれば反撃しようって……」
「最初からすぐに一人になったとしても相手はすぐには仕掛けてこない。いつ、どんなタイミングで攻撃してくるかわからないから、こっちも反撃がしづらかった。でも……わざと人ごみの中に紛れて長引かせれば相手は痺れを切らしてくるはず」
結子が勝ち誇った表情になると、直人も自信あり気に口を開いた。
「出来るだけ長く引っ張れば、チャンスが来たと同時に攻撃してくると思ったんだ。タイミングさえわかっていれば反撃はしやすい。……もっとも、相手が慎重なタイプだったら上手くいかなかっただろうけど……」
「悪かったな。短気で慎重さが足りないバカでよぉ!」
植木の陰から俊が姿を現した。こめかみに青筋を立て、歯をギシギシと言わせている。
「あらあら、やっぱりアンタだったの」
予想が当たってホッとしている。
「獣臭い匂いで尾行してくる奴なんて、アンタぐらいしか思いつかなかったわ」
「……みどりちゃんといい、お前といい、最近の女子高生は目上に対する礼儀ってもんがなってねぇな」
「みどり?」
一瞬、結子の目が大きく開かれた。
「もう構わねぇ! ハツ、やっちまえ!」
「グゥアアァァ!」
しかし、吠え声をあげただけでハツは攻撃に移れなかった。結子がボールを投げつけたからである。
「ギャウ!」
「ちゃんとしたボールなら、相手が素早くても当てられるのよ!」
「行こう、平崎さん!」
直人の掛け声で、二人は一斉に背を向けて走り出した。
「あっ!? ここで勝負するんじゃなかったのか!?」
「一人より二人。二人より三人でしょ!」
俊とハツも後を追うが、結子がもう一つの野球ボールを手に持っているために近付きにくい。しかも、敵は二人だ。
そして、直人達は目的の場所へ辿り着いた。
「ジョー!」
「あれ? お前ら何やって……」
丈二と和仁、そしてみどりが住宅地の道路上に立っていた。
「かず君もいるし、四人もいれば大丈夫だよね!」
「え? なんの話だよ、ナオ……」
直人は結子の方を向いて安心した声をかける。しかし、結子が見ていたのは、丈二でも和仁でも、直人の方でもなかった。背後に迫ってくる俊でもない。
「みどり……」
「ゆい、こ……?」
中学時代にバッテリーを組んでいた明石みどりに視線を向けたまま、硬直していた。




