第二十七話・追跡者達
「カタギん奴に手ぇ出すなて、昔っかい言われちょっとん、わからんバカがおるこつ」
結子から話を聞き、光助はため息をつく。光助の父親はさきほどの騒ぎを起こした組員二人に説教すべく、席を外している。部屋にいるのは光助と結子、直人だ。ケリーは庭で昼寝をしていた。
「あ〜、よかった。まさか本当に光助がここにいたなんて」
「あああ、あの、光助さんて、一体……?」
直人はまだ状況が飲み込めず、おどおどしている。当然と言えば当然だろう。
「さっきんヒゲグラサンが、おりゃん親父だ。ここの組織ん幹部をしちょる」
「か、幹部!?」
「別に大した事しちょるわけやない。クソ真面目で、年季が入っちょるだけやし」
眉をひそめ、明らかに不機嫌な表情で光助は語る。早く父親の話から離れたい、というニュアンスを込めているようだ。
「鳴峰組って、名前だけはなんとなく聞いたことあるんだけどなぁ……。ここが本部だったんだ」
鳴峰組。結子たちの住む地域一帯を仕切っている組織――。一般には”ヤクザ”とも呼ばれる存在である。しかし、一般にイメージされるような乱暴なものではない。地域を警護する自警団を前身とし、用心棒代(ミカジメ料)をもらう代わりに治安を守る。昔気質の礼儀を重んじる組織である。
「どっちんしろ、民間人は出来るだけ関わらん方がいい。お前らもさっさと帰れ」
「そうした方がよさそうね。買い物の途中だし」
結子は妙に落ち着いてそう言い、立ち上がった。
「行こう、積里君」
「う、うん」
「そんじゃあまた明日。図書館でな」
二人を裏門まで見送り、光助はようやく笑顔を見せながら手を振った。
「せっかくなら、車でさっきの店まで送り返してくれればよかったのに」
「それはさすがに無理だよ……。っていうか平崎さん、なんでそんなに落ち着いてられるの……?」
最寄りのバス停のベンチに並んで座り、二人はバスを待つことにした。
「なんでって……光助があそこの関係者なら、その光助の関係者である私たちには手を出さないでしょ」
「あ、そうか」
「そもそも、私達はなーんにも悪いことしてないしっ!」
自分に言い聞かせるように、結子はキッパリと言いきった。
「……ごめんね、結子さん。僕があの人にぶつかったから」
「も〜。だから、積里君も悪くないってば! どっちかって言うと、私が騒ぎを大きくしちゃったんだし。積里君はなんにも悪くない。ね?」
「え……うん」
そう言ってニッコリと笑顔を見せる。それを見て、直人はまたも顔を赤らめてしまった。
だが、二人とも気付いていなかった。自分達が見張られていることに。
「へえぇぇ……。あの女、あそこの組と関係あるんだ。あざー先輩は知ってんのかな?」
高校生の男女と、いかにも俊敏そうな中型犬が十数メートル離れた所から二人を監視していたのだ。
「その呼び方やめなさいって、言われなかった?」
「言われたよ。でももうこの呼び方に慣れちゃったし」
男は、あの刻同俊である。結子たちが鳴峰組にさらわれる前から、二人のことを追跡したいたのである。いったん二人を見失った後は犬の嗅覚を利用して探索し、屋敷を出たところを発見したのだ。
「つーかさ、俺の方が年上なんだけど? そのへんわかってる、みどりちゃん?」
「わかった上で、言ってるの。自分の私怨に後輩の女の子を巻き込む先輩に対して敬語を使う必要はない」
みどりと呼ばれた女子は冷たく言い捨てた。背が低く、髪も短いが、鋭い目つきのせいで貫禄を感じさせる。
「んなこと言ってもよ〜。お前を連れてけって言ったのはあざー先輩だぞ?」
「それもわかってる」
みどりの視線は、結子にくぎ付けになっている。結子の顔を、動作の一つ一つを、目に焼き付けるように凝視していた。
「隣のやつは誰?」
「あの隣のチビ……。この間も一緒にいたけど、もしかして付き合ってんのかもな」
「カレシ?」
「えーと、名前は確か……ツモリとか言ったっけ。先輩についでに調べてもらったんだ」
やがてバスが到着し、直人達は乗り込んだ。しかし、俊とみどりは動かない。
「この場ですぐやっちまおうかとも思ったけど……。あっちの人と関係あったら面倒だな。いっぺんあざー先輩に相談しよっと」
「また、言った」
「別にいいじゃね〜かよ〜。しつっこいなぁ」
追跡してまで復讐しようとした人間が言うセリフではない。が、俊自身はそのことに気付いていない。
「平崎結子……」
俊の言葉を無視して、みどりはボソッとつぶやいた。
「そう、ゆいこ。ターゲットの名前、憶えた?」
「……うん」
バスが通り去って見えなくなっても、みどりはその方向を見続けている。その視線に気付いた俊が、ニヤニヤと笑いながら声をかける。
「なになになに? みどりちゃん。もしかしてあのチビに興味あんの?」
「……は?」
「へー、あんなのが好みなんだ。意外だね」
「くだらない」
「素直じゃないなぁ〜…………ッツア!?」
みぞおちに蹴りを入れられ、俊は体を折りたたむように倒れた。




