イオン化傾向と炎色反応
応接室の前まで来ると、執事さんは青白い顔色になって、「アタタタッ」と頭を抱えて座り込んだ。わたしは構わずドアをノックし、
「失礼しま~す」
相手の返事も待たず、とにかくドアをあけて応接室に入る。もちろん、顔面蒼白になってブルブル震えている執事さんを無理矢理引っ張って。
「なんじゃ?」
ご隠居様はよく響く声で言った。鋭い眼光や立派な髭、髯、鬚は、さながらライオンのようだ。ただし、わたしを見ると、なぜか、ポカンと口を開けたまま固まってしまったが。
応接室を見渡すと、ご隠居様、御曹子、連れ女のほか、純白シルクのメイド服の後宮候補生の一人が、砂金の置かれた机を囲んで座り、ご隠居様のすぐ後ろには鎧で身を固めた騎士が、ガードマンのように立っていた。
「御曹子が持ち帰られた砂金の真偽を鑑定することができますが、いかがいたしましょう」
執事さんは使い物にならないので、わたしが提案した。本来なら、あるいは、お役所的には、わたしのような下っ端奴隷階級が一番エライご隠居様に、直接、口がきけるはずがないのだが。
「メイドごときが何を言うか!」
御曹子は怒鳴った。顔は悪くないが、先入観のせいか、お馬鹿なプレイボーイにしか見えない。
「控えなさい。無礼ですよ。ここにいらっしゃる方々でさえ、頭を悩ませているのですから」
純白シルクのメイド服が言った。会議(?)に出席しているということは、後宮候補生の筆頭か代表か何かだろう。騎士はぶっきらぼうな顔で口をつぐんでいる。
ご隠居様は、わたしを上から下までじろじろと見まわして、
「メイドが鑑定か。面白い。やってみろ」
「父上!」
「ご隠居様!」
「わしが許す。やれ!」
御曹子や純白シルクのメイド服は反対したが、こういう場合、一番エライ人の鶴の一声で決まるものだ。ともあれ、ご隠居様の許しが出たことから、砂金の鑑定実験が始まった。
わたしは机に薬品の入った容器を置いた。
「これは硝酸です。砂金が本物なら、硝酸には溶けません」
そう言いながら、砂金を容器にパラパラパラと注ぎ込み、かき混ぜた。砂金は完全に溶けた。わたしは次に、針金の先を砂金が溶けた溶液に浸し、ランプの火に近づけた。すると、針金の先から、青緑色の炎が上がった。
「分かりました。正体は、黄銅鉱の粉末で、金ではありません。似ているので間違いやすいですが、硝酸に溶け、青緑色の炎色反応を示しましたから間違いありません」




