旅立ち
「これからどうするかだけど……、うっ……」
今までご隠居様を捜すのに夢中で気にならなかったけれど、よく考えてみれば、わたしは今、通常の神経では正視できないような虐殺現場に立っているわけで、今更ながら、急に吐き気が…… オエップ。
「ご隠居様の遺志にかんがみれば、とりあえずはこの場を離れ、身を落ち着ける場所を探すべきだと思うよ」
黒龍が現在の状況と今後の展望について説明を始めたが、わたしは気分が悪くて、まともに話を聴いていられる状況ではなかった。
わたしは、ともかくも黒龍の背中によじ登り、
「飛んで。万が一のときはごめんなさい」
黒龍が意味を理解できたかどうか分からない。万が一とは、つまり、気分が悪くなって、リバース、ゲロゲーロのこと。黒龍は、わたしを心配してくれているようで、
「具合がよくなさそうだけど、大丈夫?」
「何とかもちそうよ。適当な高さまで上がったら、そこで待機してくれる?」
「了解」
黒龍は、わたしを気遣いながら、ゆっくりと上空に舞い上がった。短い間だったが思い出が一杯に詰まったお城が、眼下にだんだんと小さくなっていく。
わたしを乗せた黒龍は、お城の上空で、しばらくの間、ホバリング。上空から見ると、御曹司の軍団の動きが手に取るように分かった。一度は撤退した軍団は、今度は先頭に重武装の騎士たちを並べ、再びお城に突入しようとしている。ドラゴンに挑戦するつもりだろうか。無謀な試みだけど、御曹司から「エルブンボウと隻眼の黒龍を手にするまで帰るな」と厳命されているのかもしれない。
「これからご隠居様の弔い合戦よ。あの世への道連れは、できるだけ多いほうがいいわ」
「命令なら異議は言わないけど、本当にやる?」
「もちろん。あなたは最強のドラゴンなんでしょ」
「世間の力を甘く見ていたら、えらい目に遭うけど」
黒龍の言いたいことは分かっている。今更怒りに任せて御曹司の軍団を壊滅させたとしても、御曹司の恨みを買うだけで、何もいいことはない。力だけで渡っていけるほど世の中は甘くない。しかし……
「後のことは、後から考えればいいわ」
「わかった」
隻眼の黒龍は、ゆっくりと降下し、騎士団の行く手をさえぎるように、大地に降り立った。そして、胸いっぱいに息を吸い込み、一気に開放、猛烈な勢いで業火を浴びせかけた。勝負は一瞬でついた。騎士団は、反撃のいとまもなく、壊滅した。騎士の自慢の甲冑がどろどろに溶けていたくらいだから、その威力が知れるというものだ。
先頭の騎士の一団が壊滅したのを見て、従者や雑兵たちは、とてもかなわないと見たのか、散り散りに逃げだした。
「このくらいで十分よ。行きましょう」
「どこへ行く?」
「任せるわ」
こうして、わたしの新たなる旅が始まった。エレンとの再開の約束が果たせなかったのは残念だが、生きていたら、いずれまた、どこかであえるだろう。




