別れ
隻眼の黒龍は、わたしを乗せ、大空に舞い上がった。
「急いでね」
「分かってる」
黒龍は、すばらしい速度で飛ぶ。体に当たる風が心地よいはずだが、その感触を楽しんでいる余裕はなかった。先ほどの状況から考えると、今頃、お城が完全に制圧されてたって不思議ではない。
程なくして、お城の上空に到達した。戦況はひどく悪化していて、落城寸前の絶望的な状況だった。城門が破られ、城内各所に御曹司の部隊が侵入し、放火や高級調度品の略奪など、極悪非道の限りを尽くしていた。局地的には、ご隠居様の側でわずかに生き残った騎士の抵抗も見られたが、圧倒的に数に勝る敵軍の前に、その抵抗も、徐々に止んでいった。
「間に合うかしら。ご隠居様だけでも助け出さないと」
「どうかな。ここでいるのでは、何ともしようがないけど」
「降下して頂戴。もちろん、敵の兵隊は適当に蹴散らしてね」
「了解」
隻眼の黒龍は翼を大きく広げ、悠然と、お城の中庭に降り立った。すると、御曹司の部隊の雑兵たちは恐慌を来し、我先にと逃げ出した。さすがというか、ドラゴンがRPGで最強クラスにランクされているだけのことはある。豪華絢爛な甲冑を身にまとった騎士ですら、物陰に隠れて息を潜めている。黒龍は、逃げ惑う兵士たちに火炎を浴びせかけ、あっという間に、城内から御曹司の軍団を一掃してしまった。
「ご隠居様、ご隠居様!」
わたしは黒龍の背中から降り、ご隠居様を捜した。中庭には、敵味方入り交じり、双方の騎士や兵士たちの死体が点々としていた。地面は血を吸い、赤く染まっている。独特の血のにおいが鼻を突く。
「ああ!」
わたしは、足元に横たわっている死体を見て、思わず、声を上げた。それは、変わり果てた執事さんの姿だった。執事さんは、祈るように指を組み、うつ伏せになっていた。背中には槍が突き刺さっている。命乞いをしている間に、背後から貫かれたのだろう。気の毒だけど、これも運命か。
「ご隠居様! ご隠居様!」
わたしは声を枯らして叫んだ。しかし、いくら呼んでも返事はない。
「あの、あまり見せたくないけど、ちょっと、こっちへ」
不意に、黒龍が、メイド服の袖を引っ張って、言った。
行ってみると、そこには、激しく損傷した遺体が横たわっている。何度も斬りつけられたのだろう、付近には肉片が散乱し、ほとんど原型を留めていない。ただ、衣服や装飾品から、辛うじて、ご隠居様の遺体だということが分かった。
「やっぱり、間に合わなかったようだね」
黒龍はうなだれ、力なく言った。




