エマとエリザベスとブラッドウッド
これまでの経緯は分かったが、
「なぜ、エルブンボウと黒龍マスターの地位をわたしに?」
「元々は、ご隠居様があの世まで持っていくつもりだったみたいだけど、少々、事情が変わってね」
御曹司が手紙でご隠居様とやりとりされるようになってから、ご隠居様は、夏休みの間に御曹司の攻撃があることを確信されたという。最後の手紙はわたしも見たけど、話によれば、それまでの手紙も「エルブンボウと黒龍マスターの地位をくれなければ攻め込むぞ」という調子だったらしい。後宮候補生には貴族階級もいて、うっかり傷つけたりすると大問題になるため、攻めるなら、時機は後宮候補生のいない夏休み以外にはあり得ない。
「ということは、わたしが夏休みにお城に残ってたのは、まずかったのかな」
「そうでもないと思うよ。ご隠居様は『感謝する』とおっしゃってたし、名前までもらったし。短い間だったけど、ご隠居様は、本当に、エリザベスが帰ってきたかのように思ってたのではないかな」
ご隠居様は、わたしが夏休みもお城に残ると決まってから、よく黒龍のところに来られ、御曹司の攻撃があった場合のシミュレーションをいろいろと考えておられたという。そして、結論的には、黒龍マスターの地位をわたしに譲り、以後、黒龍はわたしを主人として仕えることとなったらしい。
ちなみに、黒龍によれば、カトリーナ・エマ・エリザベス・ブラッドウッドのうち、ブラッドウッドはご隠居様の侯爵家の苗字、エリザベスはご隠居様の愛したエリザベス、エマはご隠居様のご先祖、帝国草創期に皇帝に仕え、エルブンボウを駆使し、黒龍を家来にしたという伝説のエルフの名とのことだ。
「エマは、普通、女性名と思うけど」
「そうだよ。エルフの中でも特に美しい女性だったな」
伝説のご先祖様が女性だとは意外だった。男性とばかり思い込んでいたので、少なからぬ衝撃だ。黒龍を見ると、何やらしみじみと感慨深げ。もしかするとエルフと黒龍の間に禁断のラブロマンスがあったりして……
黒龍とともに脱出することがご隠居様の意志だということは分かった。でも、ご隠居様をそのままにして、自分だけどこか安全なところに逃亡するのは、何とも気が咎める。
「では、これからご隠居様を救出に向かいます」
「それはちょっと、まずいんだけどな~」
「今のあなたの主人はわたしよ。ご隠居様をこのまま見殺しにするようなことはしたくないの」
「今から戻っても間に合わないような気がするけど」
「その場合は仕方がないわ」
「うーん、まあ、いいか」
「では、これより、ご隠居様救出作戦を開始。いいわね」
「了解」




