黒龍マスター
地下道の先の大ホールは、真昼のような明るさになっていた。ホールの天井には、この前に見たような光の球がフワフワと浮かんでいる。隻眼の黒龍の魔法の力だろう。
ご隠居様は、隻眼の黒龍の近くに寄られ、
「手はずどおりに頼むぞ。おまえは、今日からは、このカトリーナを主君として仕えるのだ」
「かしこまりました」
黒龍は言った。「手はず」と言われたって、わたしには、どういう脈絡なのか、さっぱり分からないのだが。
ご隠居様は、ポンとわたしの肩に手を置かれ、
「短い間であったが、おまえがいてくれたおかげで、冥土への土産話ができたわい。感謝するぞ」
「おっしゃる意味がさっぱり分かりませんが……」
「エルブンボウと黒龍マスターの地位はおまえに与える。何かと役に立つだろう。わしにしてやれることはこの程度だ。それと、最後にひとつ、これは命令でもあるが」
「はい?」
「これからは、ただのカトリーナではなく、カトリーナ・エマ・エリザベス・ブラッドウッドと名乗るがよい」
「はい。でも、長いですね」
ご隠居様は、お答えにならず、
「では、さらばだ」
と、くるりと背を向け、もと来た道を駆け足で戻られた。わたしはご隠居様を追おうとしたが、なぜか体が動かない。金縛りの魔法だろうか。隻眼の黒龍は、わたしに近づき、黒い鱗に覆われた両腕でわたしを抱えあげた。
「ちょっと、何するの!」
「今はゆっくり話をしているヒマがないんだ。ここから脱出せよというのが、ご隠居様の命令だから」
黒龍は、わたしを抱え、地下のホールの奥へと歩いていった。奥には水が張ってあった。
「少しの間、息を止めておいてね。潜るから」
「えっ?」
黒龍は、わたしを抱えたまま、ざぶんと水中に飛び込んだ。
そして、30秒くらいたっただろうか、
「もういいよ」
黒龍が言った。その間、息を止めながら目も閉じていたので、どこをどう通ってきたのかは分からない。ともかく現在の状況としては、わたしはずぶ濡れになって、お城のすぐ隣にある湖の上空でホバリングする黒龍の両腕に抱えられていた。地下道と湖はつながっているのだろう。
上空からは、戦闘の様子がつぶさに見える。数千はあろうか、御曹司の軍団がお城を取り囲み、はしごや鉤付きロープをつかって城壁に張り付いていた。城壁の上からは、ご隠居様の騎士及びその従者たちが矢を射掛けたり、石を落としたりして、懸命に応戦しているが、そもそも戦闘員の数が違いすぎる。落城は時間の問題だろう。
ご隠居様が危ない。しかし隻眼の黒龍は、お城へは戻ろうとしなかった。わたしを抱えて空を飛び、どんどんと、お城から離れていく。この黒龍は、一体、何を考えているのだろう。ああ、ご隠居様の運命は?




