御曹司の手紙
わたしは、書斎のドアをノックして書斎に入り、ご隠居様に手紙を手渡した。ご隠居様は、うんざりといった顔つきで手紙を受け取られたが、手紙に目を通されるや、みるみるうちに顔面が紅潮し、
「馬鹿息子めが!」
と、手紙をクシャクシャに丸め、床にたたきつけられた。そして、力を込めて手紙を何度も踏みつけ、
「カトリーナよ、しばらくここを動くなよ」
ご隠居様は、そう言い残され、鬼のような形相で書斎を後にされた。
手紙に何が書いてあったのだろう。ご隠居様が立腹されることは珍しいことではないが、何だか気になる。他人の手紙だけど、しばらくご隠居様は戻られそうにないし、大丈夫だろう。
わたしは手紙を手に取り、しわを延ばした。ふむふむ、なになに…… ゲッ!?
ちなみに、手紙の文面は次のとおり。
親愛なる父上様
父上がこの手紙を読まれる頃には、精強なる我が侯爵領騎士団が父上の城に到着しているでしょう。私はこれまで父上の言いつけを守り、父に孝ならんと、帝に忠ならんと精進してまいりました。しかし、父上は私の努力をまったくお分かりにならない。そればかりか、どこの馬の骨とも知れぬ小娘に心を奪われ、由緒正しい家柄である侯爵家を破滅に導こうとしている。私は、侯爵家の次期当主として、父上のそのような乱行を見過ごすわけにはいかないのです。
侯爵家の重臣たちも、全員が同じ考えで、私を支持してくれています。私は重臣たちの意見も代弁する形で、父上を諌めてまいりました。しかし、父上は、あの性悪な魔女に心を奪われ、わたしの忠言を聞き入れようとしない。このままでは、まさしくお家の危機なのです。断言しましょう。父上には、古くからの友人以外に味方はいません。おそらくは、その友人たちも、私が心をこめて説得すれば、納得してくれるでしょう。
私は、皇帝陛下より格別の思し召しを賜り、近いうちに編成される南方派遣軍の総司令官に任命される予定です。父上以外は、誰もが、私の力量を正当に評価してくれているのです。おそらくは、父上への手紙も、これが最後になるでしょう。そしてこれが、最後の機会となりましょう。
最後のお願いです。エルブンボウと黒龍マスターの地位をお譲りください。私は、父上が悪辣な魔女の魔法から解放され、正しい判断力を取り戻されることを願っています。しかし、万が一、そうならない場合には、残念ながら、最後の手段をとらざるを得ません。私は聡明な父上の理性を信じております。判断を誤ることのなきよう、祈っております。
「どこの馬の骨とも知れぬ小娘」とか「性悪な魔女」とか「悪辣な魔女」とかは、わたしのことだろうか。話の流れ的にはそうだろうが、すごい言われよう。誰からきいたのか知らないが、御曹司も、あの根も葉もないうわさ話を信じていたのかもしれない。




