夏休み
先日のエレンの話にあったように、後宮候補生には夏休みがあり、夏に2週間ほど実家に帰省することになっている。わたしの場合、こっちの世界では帰るところがないので、ご隠居様に相談したところ、ご隠居様は、
「夏休みだからなあ。例外はちょっと…… わしがどこか避暑地でも探して……」
なぜか、わたしがここに残ると困るみたいな、どこか心配なことでもあるような調子で、渋い顔をされた。でも、2週間程度なら、わざわざ準備をして避暑地に赴くのも面倒なので、強くお願いして、そのままお城に居させてもらうことにした。
夏休みの前日には、エレンは泣き出しそうな顔で、
「名残惜しいわ。戻ってくるまで、元気でいてね」
「そんな、何か月も離れ離れになるんじゃないんだから」
別れ際、エレンとは、何度も手を取り合い、握り合い、2週間後の再会を誓い合った。
後宮候補生のいないお城は、いつもとは違った趣があった。今までは気づかなかったが、自生する植物や昆虫をよく観察してみると、今更ながら、なかなか興味深い。
執事さんが怒られる光景はいつものことで、執事さんは毎日のように杖でぶたれていた。御曹司は、このごろ、お城を訪問される代わりに手紙で用件を伝えることにされたようだ。そのため、執事さんは、ご隠居様に手紙を届けるたびにボコボコにされるのだった。
夏休みだからなのかどうか知らないが、お城には、立派な甲冑に身を包んだ騎士が、数多く出入りするようになった。執事さんによれば、この騎士たちは、侯爵家の騎士団とは別に、ご隠居様個人に忠誠を誓う騎士団とのことで、このところ、ご隠居様と、よく密談している。わたしはその密談には呼ばれないので、どんな話をしているのか、全く分からない。
夏休みに入って数日たったある日、例によって執事さんが頭を抱えてうずくまっていた。
「執事さん、またご隠居様にぶたれたの?」
執事さんは、顔を上げ、涙と鼻水を流しながら、
「違うんですぅ~、これからぶたれるんですぅ~」
執事さんによれば、御曹司から手紙が届いたので、覚悟を決めてご隠居様に届けようとしたが、どこを捜しても見つからず、そのうち、こみ上げてくる恐怖に耐えられなくなって、急に全身の力が入らなくなったとのことだった。
「わたしが渡してきてあげるわ」
わたしは執事さんから御曹司の手紙を取り上げた。多分、書斎の前で待っていれば、そのうちご隠居様は戻られるだろう。
「あら、あれは……」
地下道へと続く道から、ご隠居様が顔をひょいと出され、きょろきょろと周囲を見回されているのが見えた。わたしは素早く柱の後ろに隠れ、柱の影からご隠居様の挙動を観察した。ご隠居様は、忍び足で地下道から出られると、その後は、何事もなかったかのように、堂々と廊下を闊歩され、書斎のほうに向かわれた。地下道から出てこられたということは、隻眼の黒龍と世間話でもしてきたのかもしれない。
とにかく、ご隠居様がお戻りなら、丁度よかった。早く御曹司の手紙を届けよう。




