悲劇の結末
ご隠居様は、エリザベスが帰ってこないので、気が変になられたかのように、捜索隊を派遣されたり、時には自らエリザベスを捜しに出かけられたそうだ。しかし、エリザベスを発見することはできず、エリザベスからも何の音沙汰もなかった。
ご隠居様がこの件の真相を悟られたのは、エリザベス失踪後しばらくして、ご隠居様の父君、つまり先代の侯爵様から縁談を持ちかけられた時だった。
「奴隷メイドを待っていても無駄だ。帰ってこないよ。それよりも、この女はどうだ? 美しいだろう。家格もうちと同じくらいだ。まあ、うちよりも上のところなんか、なかなかあるもんじゃないが」
「父上、私はエリザベス以外には……」
「彼女はもう帰ってこないだろう。それよりも……」
「父上!」
「まだ言うか。あの女は、お前より、ものわかりがよかったぞ!!」
身分違いの恋が成就するほど、世の中、甘くはない。多分、エリザベスは、先代の侯爵様から、ご隠居様と別れるよう説得されたのだ。エリザベスは聡明だったし、優しくもあったと思う。ご隠居様の将来を案じ、自分は身を引くことにしたのだろう。ただ、可能性としては、脅迫されて身の危険を感じたということもありそうだが。
ご隠居様は、それ以来、内心的には「世捨て人」になられた。高い官位と爵位を引き継がれたので、帝国の朝廷に出仕して適当に仕事をこなされていたが、その間も、心は常にエリザベスで一杯だったという。仕事はほどほどに、こっそりとエリザベスの捜索を続けられたそうだが、結局、エリザベスの行方は、ようとして知れなかったとのことだ。
やがて、ご隠居様は、先代の侯爵様の命により、ある大貴族のお姫様と結婚された。そのお姫様は、美しく、優しく、妻としては百点満点だったとのことだが、心は完全にエリザベスのご隠居様にとっては、全くと言っていいほど、感動はなかったそうだ。
ご隠居様にとっては義務的な結婚だったので、子供はなかなかできず、結婚から10年目にして、ようやく侯爵家待望の待望の長男(つまり、あの御曹司)が誕生されたとのこと。しかし、奥様は、残念ながら、御曹司ご誕生のあと、程なくして産褥熱でお亡くなりになったという。
ご隠居様は、長男(御曹司)に愛情を感じることができず、自ら長男を抱き上げられたことはなかった。ただし、侯爵家の当主としての義務を果たすため、長男の教育を厳しい家庭教師に任せ、御曹司を何とかして一人前にしようとされたという。でも、御曹司はそんなご隠居様に反発されたのだろうか、二人の間はうまくいっていないようだ。
「あの馬鹿息子は、わしを恨んでおるのかも知れんな」
ご隠居様は、力なくつぶやかれた。眉間に寄せられたしわには、何十年にもわたる苦悩が刻み付けられているように見えた。




