ご隠居様は今日もご乱心
ご隠居様は、御曹司のご来訪のあと、ちょっぴり老けられ、髪が全体的に白っぽくなられたように見える。また、些細なことでも立腹されるようになり、執事さんはご隠居様と顔を合わせるたびに怒鳴られていた。
部屋に戻り、ベッドの上にゴロンと横になると、それを見たエレンは、
「疲れてるの? 何というか、あまり無理しないでね。もうすぐ夏休みだし」
「夏休み? そう、そんなものもあるんだね」
後宮候補生には、夏の暑い時期に2週間程度の夏休みがあるらしい。その間、後宮候補生は実家に帰るということだが、わたしはどうすればいいんだろう。でも、それはそれとして、この前から疑問に思っていたことで、
「なぜ、御曹司はエルブンボウや黒龍マスターの地位にこだわるんだろう。エレン、知ってる?」
「侯爵家では、爵位よりもエルブンボウと黒龍マスターの地位が大事だからよ」
エレンによれば、(ご隠居様の)侯爵家は、帝国建国以来の由緒正しい家柄で、侯爵家では爵位を譲られるだけは半人前、エルブンボウと黒龍マスターの地位が譲られて初めて、当主として認められるとのことだ。帝国建国当初は、代替わりの際、新当主が隻眼の黒龍に乗って帝都まで赴き、皇帝陛下御覧の下、エルブンボウで弓の腕前を披露するのが慣例だったとのことだが、後に簡略化され、今では「エルウンボウと黒龍マスターの地位を譲った」旨の旧当主直筆の書状の提出で代えられているという。御曹司も、爵位を譲られただけでは肩身が狭いので、エルブンボウと黒龍マスターの地位は、何が何でも、といったところらしい。
次の日、最近ではいつものことだが、執事さんがご隠居様に怒られていた。
「ご隠居様、私ではありません。お手紙は御曹司が書かれ……」
「そんなこと、分かっておるわ!」
ご隠居様は杖で執事さんをボコボコに打ち据えていた。
「ひぃー、助けてください~、許してください~」
執事さんは、みっともなく悲鳴を上げていた。ご隠居様の足元には、手紙がクシャクシャに丸められて転がっていた。御曹司の手紙なら、趣旨は、「エルブンボウと黒龍をよこせ」だろう。
執事さんは、手紙をご隠居様に届け、手紙を読んで激怒されたご隠居様にボコられているのだ。そのまま放っておくのも気の毒なので、
「ご隠居様、落ち着いてください。執事さんは何も……」
「いや、こいつも同罪だ。馬鹿息子と組んで、わしを殺そうとしているんだ」
ご隠居様はエキサイトしていて、話しても通じそうにない。やむなく、わたしは程々に有形力を行使して、ご隠居様を執事さんから引き離そうとしたが、
「あらら……」
思わず、勢いあまって、ご隠居様に上手投げを食らわせてしまった。ご隠居様はひっくり返ってもがかれている。執事さんは、これ幸いとばかりに、早々に退散した。
「申し訳ございません。つい……」
わたしがご隠居様に手を差し伸べると、ご隠居様は、一瞬、呆けたように、
「エリザベス…… おお、エリザベス、戻ってきてくれたのか……」




