エルブンボウと黒龍マスターの地位
ご隠居様は、御曹司からエルブンボウと黒龍マスターの地位を要求された瞬間、突然、顔を真っ赤にした鬼のような形相になられ、
「お前はまだ未熟だ。もっと修行を積んでからだ」
「私だって、いつまでも子供じゃないんです。近々、帝国の重要なポストに就くことになりそうなんだ。その時のためにも、私が名実ともに侯爵家の当主でなければ具合が悪いんです」
御曹司は身を乗り出され、ドンと机を叩かれた。
「お前はまだそんな器ではない。わが侯爵家を何と心得ておるか!」
ご隠居様も負けてはいない。おそらく意図的に、御曹司よりも大きな音で机を叩かれ、御曹司よりも大きな声で言われた。
その後、押し問答は1時間ほど続いた。御曹司は「とにかくエルブンボウと黒龍マスターの地位を下さい」と、ご隠居様は「お前にはまだ早い」と繰り返すばかりで、埒があかない。
やがて、忍耐力の限界に達したか、ご隠居様は、ひときわ大きな音を立てて両手で机を叩かれ、
「ええい、そんなに言うならくれてやるわ。しかし条件があるぞ」
「本当ですか。で、どのような条件で?」
「ここにいる後宮候補生と弓術で勝負しろ。もし、おまえが勝てば、エルブンボウでも、黒龍でも、この城でもくれてやるわ」
ご隠居様は、わたしを指差された。わたしにとっては晴天の霹靂で、思わず、「なんでや」と突っ込みを入れそうになったが、そんな雰囲気ではなかった。
こういうことで、わたしが御曹司と弓術の腕前を競うことになった。勝負はその日のうちに中庭の実技演習場で行われた。ご隠居様は、勝負の前に、そっとわたしに耳打ちされ、
「おまえの腕なら楽勝だろう。あいつに自分の至らなさを思い知らせてやってくれ」
そういうことなら、遠慮することはない。普段のとおりに矢を射るだけだ。御曹司をちらりと横目で見ると、既に勝った気でいるのか、過剰なほどに全身で喜びを表現されている。御曹司はわたしの腕前を知らない。タダの小娘が相手と思っているのだろう。わたしも御曹司の腕前は知らないが、ご隠居様が「楽勝」とおっしゃるのだから、下手か素人レベルか…… ともあれ、ここは一つ、気合を入れていこう。
果して……
勝負の結果は、言うまでもなくわたしの圧勝だった。
「それ見たことか。お前のような半人前には侯爵家を任せるわけにはいかんわ! いっそのこと、この娘に侯爵家を継がせたいくらいだぞ!」
ご隠居様は、豪快にガハハと大笑いされ、大いに喜ばれた。反対に、御曹司は、怒りか羞恥心のため真っ赤になった顔を醜く歪められ、
「覚えてろよ」
すごく悔しそうな捨て台詞を残され、逃げ出すようにキンキラキンの馬車で退散された。ご隠居様は、ひとしきりの大笑いの後、「ふぅ」とため息をつかれ、馬車が見えなくなるまで寂しげに見送っておられた。




