またまた御曹子来る
わたしがマーガレットをやっつけたといううわさ(これは実話)は、瞬く間に後宮候補生の間に広まった。もちろん、内容的に何倍か、いや、何十倍かに増幅されて。その中には、「すごくインランな魔女で、ご隠居様を寝技でたらしこんで意のままに操っている」わたしが、今度はマーガレットの御大をその毒牙にかけたとか、意味不明な話もあった。たまたまその話を耳にされたご隠居様が、「なんじゃ、そりゃ」と目を白黒させられたほどだ。
それはさておき、この日、ご隠居様は、いかにもイヤそうな顔で、
「いよいよ今日か。またあの馬鹿息子と顔を合わせねばならんとは……」
と、ぼやかれていた。今日は、大事な話があるとかで、御曹子がお城を訪問されることになっていた。
「御曹子は、今はあんな調子ですが、そのうち、ご立派になられるのではないでしょうか」
気休めにもならないことは分かっているが、黙っているわけにもいかないだろう。
「本当に、そう思うのか?」
「希望的観測も含めてですが……」
ご隠居様はいつも、御曹子を「馬鹿息子」と罵っておられるが、これが単なる世代間の対立なのか、何か深い事情があるのか、よく分からない。ただ、わたしがその理由を知ったところで、ご隠居様と御曹子が和解されるわけでもあるまい。
例によって、執事さんの調子もおかしくなっていた。今朝方、執事さんが廊下でシクシクと人目もはばからず泣いていたので、理由をきいたら、「御曹子がいらっしゃるんです」と繰り返すばかり。前回の御曹子のご来訪とわたしの行方不明が重なった時のことがトラウマになっているのだろうか。
やがて、キンキラキンで派手派手の馬車に乗って、御曹子が到着された。わたしたちは玄関で御曹子をお迎えする。今日は御曹子お一人のようだ。
御曹子は、ご隠居様と形ばかりの挨拶をかわされ、ご隠居様とともに応接室に入られた。わたしも側仕えの職務として、応接室に入り、ご隠居様の隣に腰掛けた。砂金の一件の時のように、ご隠居様の後ろには、鎧で身を固めた騎士が控えていた。
「で、今日は何用じゃ?」
ご隠居様は、もう、うんざりといった口調だ。
「そんなイヤな顔しないでくださいよ。私は父上を心から愛しているんですよ」
御曹子は、誰が見ても分かる作り笑いを浮かべ、言われた。心の声はどんなことを喋ってるんだか……
「心にもないことを言いやがる。まあ、いいか。わしだって忙しいのでな。手短に頼むぞ」
「手短にですか。それはつまりですね、もうそろそろ、父上が本当にご自分のなさりたいことをできるよう、手助けをさせていただこうと思いましてね」
「何を言ってるのかサッパリ分からんぞ」
ご隠居様の虫の居所がだんだんと悪くなっていく。御曹子は深呼吸され、一息に、
「父上、エルブンボウと黒龍マスターの地位をください。できる限り速やかに」




